エブリスタなどで小説を不定期に投稿している四葉詩音です
「君がおはようと言ってくれるその時まで、」
https://estar.jp/novels/25842090
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ここにも投稿しようと思うので、良かったらよろしくお願いします!
家族がいる。
友達がいる。
そして、守るべき大切な人がいる。
普段と何の変わりもなく扉を開けた僕を迎えたのは、4.5畳の狭い部屋。僕は、そこら辺に荷物を置くと、彼女が横たわるベッドの傍に腰をおろす。
しんと静まり返る中で唯一聞こえる音は、彼女の規則的に繰り返される呼吸音だけだった。
コンコンコンと、ドアを手の甲でたたく硬い音がすると、すぐに扉が開いた。彼女のお母さんだ。持っている木のトレーにはマグカップとシュークリームが1つづのせられている。
ずうずうしくも、それは僕へのものだと言われる前に察してしまい、何だかいたたまれなくなる。
「たしか、ミルクティーが好きだったわよね、どうぞ。シュークリームはもらったものなんだけど、よかったら食べてね」
小さな丸テーブルに、トレーごと置くと、ミルクティーとシュークリームをそれぞれ出して置いていた。
「そんな、気を遣わなくてもいいんですよ」
「いいから、遠慮しないで。早くしないと紅茶が冷めちゃうわよ」
「すみません、ありがとうございます」
僕はその言葉甘えて、ありがたくミルクティーとシュークリームを頂くことにした。彼女のお母さんは僕の隣へと腰掛けると、すぐそこにあった扇風機のスイッチを押した。するとあの独特の羽が回る音がすると同時に生ぬるい風がこちらにくる。幼い頃はよく「ワレワレハ宇宙人ダ」とか言って宇宙人の様な声になるのをいいことに面白がって遊んだものだ。
「だって、いつもこうしてお見舞いに来てくれるじゃない、本当にいろいろと、あなたには感謝してるの。優愛美もきっと喜んでるはずよ」
そう、彼女とは、優愛美(ゆめみ)のことだ。
彼女のお母さんは、今だ静かに目を閉じている優愛美の頬にそっとふれた。優愛美を見つめる母親の目はどこか憂いを帯びているようだった。
「もしも、優愛美が喜んでくれてるなら、それだけで十分嬉しいです。僕は、ただ優愛美に会いたいだけなんです。これは僕の勝手なワガママであって何も感謝されるような事はしてませんよ」
会いたいのなんて当たり前だ。
優愛美は、ちょっとおてんばで、誰よりも元気な、まるで太陽みたいな人。周りをよく見ていて、誰よりも友達思いな人。実は、誰よりも傷つきやすくて繊細な人。そして、彼女は誰よりも大切な人だから。
また、優愛美の笑った顔が見たい。
その一心で、僕は彼女の家に足繁く通っている。
優愛美が笑ってくれるなら、渋谷のど真ん中で1発芸をやって新たな黒歴史をつくろうが、無人島で一生サバイバル生活を送ろうが苦しくはない。あくまで例えばの話だけど。
「ごめんね、この部屋エアコン無いし、扇風機だけじゃ暑いでしょう。換気でもしようか」
「あ、じゃあ僕が窓開けますよ」
気づけば、頬に熱がこもっているし、額からは汗が吹き出していた。さすがは真夏の東京。なかなか侮れないな。
そう思いながら、僕は優愛美のベッドに近い方の窓に近づくと、そこから熱気がジリジリと伝わってきてヤケドしてしまいそうなぐらい暑い。なんなく窓を開けると、その瞬間にぶわっと風が入ってくる。そのせいで大きな波のようにカーテンが揺れた。
そのカーテンを無意識に目で追っていたら、たまたま視界に優愛美の寝顔が入ってくる。
暴れるのカーテンが影になって彼女の顔に映っていて、その間からは眩しい光が降り注いでいた。
僕は、優愛美の風になびいた絹糸のように艶のある黒髪にそっと触れる。そして優しく頭を撫でた。
こうして深い眠りについている彼女を見る度、このまま目を覚まさないんじゃないかと妙な不安に襲われる。でも、大丈夫だ。彼女はまた目を覚ます。
それは、本当に何の根拠もないことだけど、僕は彼女を信じている。何事もなかったかのように「おはよう」っていつもの変わらない笑顔で言ってくれるはず。君の「おやすみ」だなんて、もう聞きたくない。
だから、もう一度きかせてよ。
君が「おはよう」と言ってくれるその時まで、僕はずっと待っているから。
ブーブーッ
携帯のバイブ音がしつこく耳元で鳴り響く。
起きなければいけないことを自覚した僕は、重たいまぶたを半ば強引に開ける。
今も鳴り止まないアラームを止めるべく、自分のスマートフォンへと手を伸ばしすぐに解除ボタンを押す。
ようやく朝の静けさを取り戻すことができたのと同時に安心して力が抜けたせいか、またも強烈な眠気に襲われる。睡魔に負けて2度寝してしまう前にグイッと上体を起こすと、温かい布団を思いっきりはいだ。正直、これが1番堪える。
この時までは夢見心地のままだったけど、制服を着ていく過程ですっかり目が覚める。
銅を磨いたような朝日が窓越しに僕の顔を赤く照らす。とっさにスマホで時間を確認すると時刻は既に5時40分を告げていた。
「えっ、うわぁ……もう40分?」
僕はやってしまったとばかりに片手でおでこを抑えて天井を仰ぐ。
呑気にしてる場合じゃなかった。
なぜなら僕はこれから家族全員分のお弁当を作らなければならないのだ。これから作って、それから犬の散歩に行くとなると、家を出る時間は結構ギリギリになりそうだ。
僕は慌てて部屋から出ると、転がるように階段を駆け下りていく。
カパッと冷蔵庫を開けると、しばらく眺めながら食材の選別をする。
卵焼きを作るのは確定で、野菜も結構あるし野菜炒めでも作ろう。あとは昨夜の晩ご飯で余った唐揚げと、作り置きのきんぴらごぼうで埋め合わせをすればいいかな。
とりあえず5つお弁当箱を取り出し、テーブルに並べていく。そのうち2つの小さなお弁当箱は妹と弟の分だ。
そして、次々と食材を取り出していき、手際よく調理をしていく。
卵液をフライパンに一気に注ぐとジューと勢いよく大きな音を立てる。
それと同時に卵の焼ける香ばしい匂いが僕の食欲をそそる。卵焼きを作るのはもう慣れたものだ。初めはうまく巻けなかったり、焦げたりして苦労したのを覚えている。
そう、しみじみ自分の感じているうちに、あっという間にお弁当を色とりどりのおかずで埋め尽くす。野菜炒めは表面が艶めき、豚肉からはジューシーな肉汁が溢れて美味しそう。昨晩余った白米に、わかめを混ぜ込んだおにぎりも詰めて完成。
「よし」
僕は首を縦に頷いた。
出来に満足した僕は、それぞれに箸をつけて、お弁当を巾着に入れる。
そろそろ弟達を起こしに行くため、寝室に向かおう動いた時だった。突然ダダダダと元気に階段を駆け下がってくる音が聞こえてきた。
「お兄ちゃんおはよー! 」
弟の朝陽(あさひ)が溢れるばかりの笑顔で挨拶してくれる。そんな朝陽の後を追うように妹の陽奈(ひな)がやってくる。
「もう待って、ひなのことおいてかないでよー!」
陽奈は眉を八の字にして悲しそうな顔をしているというのに、一方の朝陽は気づく素振りもなく待ってましたとばかりに、風の速さでテレビの前へ移動する。そして早速テレビをつけ、お決まりのようにテレビの目の前にちょこんと座る。朝陽はちょうどこの時間毎日放送しているアニメがどうやら最近のお気に入りらしい。そばにいる陽奈をよそに、僕はテレビに夢中の朝陽。僕はそんな朝陽をそっと盗み見て、無意識に頬が緩む。
「陽向お兄ちゃんおはよう」
トコトコと小さな足でこちらに駆け寄るとさっきとコロッと表情を変えて笑顔でそう言ってくれる。
「うん、2人ともおはよう。今日は自分で起きたの?」
「うん!そうだよ、偉いでしょ! 」
テレビの前で立ち上がると、朝陽も陽奈の隣にやってくる。
「ひなのことね、あしゃひお兄ちゃん起こしてくれたの!」
「そっかそっか、朝陽が…偉かったな。2人とも偉いよ」
2人のあどけなさに癒されて、自然と頬がほころぶ。
僕は思いっきり2人の頭をわしゃわしゃと撫でると、明らかにご満悦の表情を見せてくれた。
朝陽は5歳で、陽奈はまだ3歳になったばかりだ。陽奈に関しては、たどたどしくも一生懸命何かを覚えたての言葉で伝えようとしてくれるのが嬉しい。この前まであんなに小さかったのに、子供の成長は早いなと実感する。