殺戮、裏切り、ときどき人情

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1:匿名:2021/10/12(火) 20:45

かつて、齢15にして各国の諜報機関を荒らした伝説の殺し屋"ヨルナ"。
機密情報を持ち出し要人を殺し、裏社会から恐れられた伝説の少女。
そんな彼女は突如行方を眩ませ、現在――

「ほーい、ヤサイマシマシニンニクカラメ一丁あがりィ!」

寂れたラーメン屋のアルバイトをしている。

2:匿名:2021/10/12(火) 21:21


Ep1
傲慢、上から、ときどき感謝


夕鴫莉月(ゆうしぎ りつき)が、今の偽名だった。
女の子らしい名前に少し抵抗はあったが、おやっさんが適当にその名前で戸籍とパスポートを作っちまったんで、莉月で通している。

「一流シェフが駐在する食堂、豊富な書物を取り揃えた図書館、バラ園が一望できる中庭にプラネタリウム……素晴らしい設備でしょう!」
「おーすごい、中華料理まで食えんのな」

無駄に広い学園内を案内され、こんな自分がまさか青春を送れるとはな……と不思議な気分に浸っていた。
しかも御曹司や政治家の子供ばかりの名門金持ちエリート校。
1ヶ月のほとんどをもやしと豆腐で乗り切る私には場違いじゃねーか。

「それじゃあ、何かあったら言ってくださいね」
「案内ありがとうございましたー」

厚化粧の見苦しい教師は、私が道端の雑草を食うほどの極貧生まれだったとも知らず、媚びを売るように過剰な対応をした。
それもそのはず、私は寄付金1億で編入してきたのだ。

「青春を謳歌しろ、か……」

掲示板の寄付金ランキングを、私は冷めた目で見つめた。

3:匿名:2021/10/13(水) 13:24


side 光原



俺は光原陽里(みつはら ひさと)。

父が会長を務める光原コンツェルンの次期後継者として育てられてきた。
常にトップであり続け、どんな小さな催しであっても1位を全力で目指し、負けることは何よりの屈辱だと教えこまれている。
それが例え校内の体育祭だろうと、町内の川柳コンクールだろうと、週に1度の小テストだろうと。

そんな完璧主義者の俺が今、なんと財力で押し負けた。

「この俺が……2位に転落……だと?!」

教室にはどよめきが走り、噂があちこちで立ち上っていた。


学内の掲示板には入学時の寄付金のランキング上位10名が貼られている。
その内上から5人は生徒会入りが約束され、プライドの高い人間が多いこの学園でも憧れの的になるのだ。

この学園はもはや日本の縮図と言っていいほど各界のお偉方が集っている。
たかが学園内の寄付額ランキングとはいえ、家柄や企業の格にも反映されるので、このランキングはかなり重要だ。

そのランキングに8000万という寄付額で1位に君臨し続けていた俺だが、今朝の掲示板を見てみれば、夕鴫莉月というやつが1億の寄付で俺を抜かしているではないか。

「夕鴫だと……聞いたことがないぞ」
「き、きっと大したことの無い家の人間が見栄を張って無理してるんですよ! 光原コンツェルンが一番ですって」
「そうですよ! うちも光原グループの傘下ですし」
「光原さんは政界にも無くてはならない存在ですしね!」

不機嫌を露骨に表せば、周りの人間はすぐに機嫌を取ろうと必死に褒め称え、賞賛の嵐。
普段であれば、どの企業もうちに頭が上がらないのだなと愉快な気分に浸れたが、この日ばかりは苛立ちが募る一方だった。


「皆さん、おはようございます」

聞き慣れた教師の声がしてふと前を見ると、担任の教師と見慣れない女子生徒が後に続いて入ってきた。
セミロングの暗い髪に規定より短いスカート、耳にはジャラジャラとピアスが開いており、白黒のモノトーンのパーカーを着崩している。
街中を車窓から見た時にすれ違う庶民の高校生のような出で立ちだ。
教師はだらしない気崩しを咎めるどころか、にこやかに彼女を紹介した。

「本日からクラスメイトになる夕鴫莉月さんです。ドイツから帰国してきたばかりだそうですので、皆さん仲良くしてくださいね」
「夕鴫って、あの寄付額1位の……」
「この方が!?」

いきなりランキングに現れるということは転入生か何かだとは勘づいていたが、まさかこれほど庶民的な女だとは思いもしなかった。
それはクラスメイトも同じなようで、クラスはざわつく。
夕鴫莉月はパーカーのポケットに手を突っ込み、へらへらと笑いながら教壇に上がった。

「おうっ、夕鴫莉月です! 特技は割り箸を綺麗に割れること〜好きな食べ物は……鯖サンド! よろしこ!」

こいつが?
この教養も育ちもなっていないようなこの女が?
寄付金1億でランキング1位の夕鴫莉月――だと?

「では夕鴫さんの席は光原さんの隣で。光原さん、申し訳ないのだけど詰めてくださる?」
「んなっ……」

通常二列になっている教室の席だが、俺だけ二列分のスペースを一人で使っていた。
しかし寄付金の多かった夕鴫の出現により、俺の特例とも言える席は窓際へ押しやられることになる。

呆然とするクラスメイトを他所に、夕鴫は鞄を持ち手でぐるぐるとぶん回しながら俺の方へと歩み寄る。

「んあ、隣の席だわ。よろしこ〜」

凛とした振る舞いの名家にふさわしい女だったらまだ許せたが、目の前に現れた夕鴫莉月は想像より遥かにへらへらとマヌケな面をしていて、俺は悔しさのあまり、かち割れそうなほど歯ぎしりをした。

4:匿名:2021/10/13(水) 14:42

それからというもの、夕鴫への苛立ちは頂点に達した。
ぽっと出の転入生のくせに数Uの授業では俺と並んで小テストは1位、身体測定に至っては全種目学年1位をかっさらって行った。

「うえーいゴーリラー」

握力は80kg、100m走は11秒、おまけにふざけているのか軽くバク転で遊ぶ始末。

「うわ〜見てよ光原、日本史5点! んひゃぁぁやべぇぇぇ」
「夕鴫ぃ……この俺を呼び捨てにするな!」
「ゔぇー」

唯一俺が勝てたのは古典と日本史の小テストのみだが、ドイツ帰りの夕鴫に勝ってもイマイチ優越感は得られなかった。
俺はドイツ語は堪能だが、ラテン語やドイツ史に詳しいかと言われたら首を縦に振ることは出来ない。

「なんか夕鴫さんって結構面白い方よね。寄付額も多いし、生徒会に入ったら面白そう」
「でも品に欠けるわ、上に立つべき人ではないわよ」
「そもそもどちらのお家の方なのだろうか?」

夕鴫に対する評価は賛否両論。
寄付金ではあいつの方が勝っているため、あいつが生徒会長を希望すれば俺は生徒会長から副会長へ格下げとなる。 それだけはなんとしても避けたかった。

聞いたことの無い苗字、多額の寄付金。
彼女の後ろには絶対裏がある。
名家の隠し子か、はたまた名を伏せているだけなのか。

「夕鴫莉月……なんとしてでも素性を暴いて潰してやる」

5:匿名:2021/10/13(水) 17:11

昼時、多くの生徒が食堂へ向かう中、夕鴫莉月は教室でぽつんと一人サンドイッチを貪っていた。
なんと鯖と生クリームを挟んだ、とんでもないゲテモノを「んひゃぁぁぁぁうまいいぃぃぃ」と痙攣しながら頬張っている。
正直、俺は宇宙人を相手にしているのかと思った。

「食堂には行かないのか」
「無理無理、金ねーもん。学食の癖に高すぎ、小籠包に5000円も払えないよ」
「は?」

この学園の食堂は有名なレストランが出張という形で出しているものの、価格は本店よりも抑えられているはずだ。
一食たかだか5000円、はした金だ。
俺たちレベルの資産家なら。

「お前……どこの家は財閥だ。それとも政界か? ドイツにある企業か?」
「んあ? 別にどれでもないけど……」

夕鴫は怪訝そうにこちらを一瞥したが、またすぐに鯖サンドに頬張り始めた。

「……じゃあ親が芸能界で有名とかそういうことか?」
「いや父親代わり?の人はラーメン屋ねんな。すぐそこの通りの白竜軒(パイロンけん)。でもラーメンよりギョーザのがうまいよ」
「……なるほど???食品会社というわけだな?」
「いやラーメン屋って知ってる?? 店だよ店、企業でもチェーン店でもねぇよ」

ラーメン屋。
ドラマや漫画に度々出てくる、豚小屋のような狭くてボロい店。
都市伝説ではなく実在するというのか……。
お、おぞましい……!

「ふざけるな!」
「ぶおっ、あふへぇは(危ねぇな)!?」

俺はまともな回答をしない彼女に憤り、思わず手にしていた辞書を振りかざしてしていた。
しかし夕鴫は人並外れた反射神経で回避し、鯖サンドをくわえたまま片手で俺の右手を受け止める。
それが余計に俺の苛立ちを煽った。

「そんな貧乏人が、1億も寄付できるはずがないだろ! 誰が出資者だ!?」
「そ、れは……出資者っつーか……うーん? なんて言えば……」

夕鴫は鯖サンドを飲み込むと、眉毛を下げて分かりやすく口籠もる。
よほど口に出せない人間が裏についているらしい。
寄付金の1億だって汚れた金に決まっている。

「……もういい」

探偵に身辺調査を依頼しようと思ったが、俺が夕鴫を恐れているみたいで癪だ。
こうなったら、自分で夕鴫の正体を暴いてやる。

6:匿名:2021/10/13(水) 20:21


side莉月


ラーメン屋と殺し屋っていうのは、割と通ずるものがある……というのが師匠であるおやっさんの教え。
どちらも"仕込み"が肝心。

放課後、リムジンで送迎されるお嬢ちゃん坊ちゃんを横目に、私は徒歩で実家の白竜軒に帰宅した。

「たーだいまんぼ〜さくらんぼ〜」

"開店準備中"の札が下げられた引き戸を開けると、予想通り中華包丁が三本顔面をめがけてきたのでスクールバッグを盾に防いだ。
これは鞄の中の教科書までグッサリやな……とぼんやり思った。

「おう、おけぇり」
「おやっさん……このカバン高かいんだよ、勘弁してくれ」

厨房からひょっこり顔を出したねじり鉢巻きの初老の男。
パイプ椅子にどっかり座り、何事も無かったかのように豆の皮をちびちび剥いて下ごしらえをしている。
まさかそんな彼が数々の戦争の裏で暗躍した諜報員"M"だとはジェームズ・ボンドも思わないだろう。
わたしも現役時代の彼を見たことがないものだから、未だに真偽を疑っていたりする。

「ふん、お前も"掃除屋"なら自慢の相棒で撃ち落とすくらいしたらええやろ」
「こんな店で拳銃バンバンぶっぱなせるか! それに今はもう普通の女子高校生なんだよ……普通の……」

そういえば最近、相棒を握っていなかった。
こんな職業だったもんで、護身のために太腿のホルスターにはワルサーppkを一応忍ばせているが、ドイツから帰国して以来……もう5ヶ月は触れていない。
感覚を鈍らせない為にも少しくらいは触っておいた方がいいのだろうかとも思ったが、もう殺し屋に戻るつもりもないしなぁ。……なんて、エプロンを身につけながら思案を巡らせている。

「んじゃあお前、これ佐藤さンとこ出前だ。絶対崩すなや」
「へーい……て、また餃子かよ……ほんとにうちラーメン屋なの?」
「るせぇっ!」

ラーメンはイマイチだけど、それ以外の中華料理は絶品という、ラーメン屋としては致命的な店だ。
今日も餃子の配達が入る。
まぁ確かにうちの餃子はおいしいけど毎日食べればどんな美味いものでも飽きが来るもので、そろそろ牛丼ってやつが食いたい。

7:匿名:2021/10/14(木) 18:52


今まで私は殺し屋はもちろん、スパイだったこともあればマフィアの抗争に引き出されたりと色々な仕事を根性でなんとかしてきたわけだが、ラーメン屋の出前だけは未だに慣れない。
バイクの免許あるからバイク使わせろとか、ウーバーミーツに加盟しろとか言いたいことは色々あったが、結局金がないので未だに出前箱を引っさげて走り回る、一昔前の映画のおじさんみたいな配達だ。

微妙に遠いんだよなぁ、佐藤さんち。
しかも今は治安が悪くゴーストタウンになりつつある商店街を抜けなければならず、何かと面倒だ。
別にチンピラ十数人くらい素手で倒すのは余裕だけど、出前の品を守りながら戦うのは難しい。
餃子を崩したらまたおやっさんにどやされる。

「あれは……」

こんなシャッター街に珍しく人がいるなと思ったら、うちの学校の制服を着た生徒……確か隣の席の光原なんとか、が右往左往していた。
しかも派手なアロハシャツを着たガラの悪い男共に壁際へ追い詰められ、囲まれている。

「その制服っつーことはオメェ……お坊ちゃんなんだろ? 金出せや」
「無礼にも程がある。金ならくれてやっても構わんが、相応の態度があるだろ。土下座だ土下座!」
「ちょっと金あるからって調子こいてんなクソガキ!」

なんと光原、カツアゲに土下座を強要していた。
つーかカツアゲを乞食のようなものだと思っているらしい。
リムジンから一歩も出たことの無いようなやつがこんな治安の悪い地区をうろつくなんて、サファリパークのバスから降りてライオンに近寄るようなものだ。
校内でゾロゾロ引き連れていたSPはどうしたんだろうか。

「土下座したら金くらい好きなだけやるってんだ乞食共」
「乞食だとォ!」
「金をせびってんだろ、乞食以外のなんだよ」

8:匿名:2021/10/17(日) 19:13



光原がボコられても私に関係はないけど、人を殺め、裏切ってきた私は、人情を忘れない為にこれからの人生誰かを助けて生きていかねばならないと約束した。
それが"償い"の一つでもある。

「殴られてぇんか、アァ!?」
「こんなことしてただで済むと思うな乞食」
「この」

男の内の1人が光原に殴りかかろうとしたので背後に回って急所の延髄を軽く叩くと、へなへなと地面へ倒れ込み、簡単に意識を手放した。

「お前は……夕鴫莉月!」
「よー光原。今から出前に行くとこ〜。なんか絡まれてんなーって思って」

ガタイのいい男友共を見上げると、それはもう蜂の巣を刺激したようにご立腹でした。

「このアマ、なにさらしとんじゃぁぁあ!」
「出前のギョーザ頼むわ〜。崩れたらおやっさんに怒られるからちゃんと守れよ!」
「はぁ!?」

出前箱を光原に託し、前を見据える。
相手の動きも見ずがむしゃらに突っ込むだけの体当たりだったので、首元を一発殴るとすぐその辺に伸びた。

「てめぇよくも兄貴を!」
「うるせぇ」

3人がかりで拳や蹴りが向けられたが、動きが遅いのですぐに交わし、壁を蹴って反動をつけてから回し蹴りをお見舞する。

「おいおい坊ちゃん、女に守られて恥ずかしくねぇんか? あぁ?!」
「あ……」

目の前の男3人に気を取られていた隙に、逆上した1人がジーンズのポケットから折り畳みナイフを取り出し、切っ先を光原へ向けていた。
小鹿のように足を震わせ怯えているかと思いきや、意外にも光原は唇を結んで男を睨みつけている。

「……退学沙汰になるのは面倒だと思って手は出さずにいたが、もうこれは正当防衛だからな、俺は悪くないな?」
「なにブツブツ言ってんだゴルァ!」

光原はそう低い声で言うと、私から預かった出前箱を放り投げる。
餃子が出前箱から飛び出し、生き物のように宙を舞っている。

「ぅぅお前えぇぇぇぇ! 餃子がぁぁぁぁぁ!」

すぐにチンピラを片付けて宙返りし、ひらひら花びらのように舞うパック容器を取り、地面とキスする寸前の餃子を救った――が、1つ取りこぼして花壇に落としてまった。
そこに落ちてもニンニクの花は咲かないのに。

「あぁぁぁ! 崩すなって言ったのに……っ」
「うるさい、邪魔だ」

光原は吐き捨てるように言うと、ちょうど地面に乱雑していた鉄パイプを1本拾った。

「あ? やんのかぁ?」
「お前が辞めなきゃ俺は撃つ」

剣代わりに鉄パイプを持つ光原は独特な構えをしており、なんとなく既視感があった。
光原は振りかざされたナイフを一瞬で弾き飛ばし、鳩尾へ一発叩き込む。

「あの太刀筋、どこかで……」

正当な剣道ではない、しかし闇雲に振り回してるわけではない。
一定のリズムを保ちながらも、型に囚われない華麗な動きは、殺し屋時代だったかどこか既視感があった。
どこで見たっけ……と思案している内に、光原はあっという間に男2人を気絶させていた。

「なーんだ、私が助けに入らなくてもよかっ……?」

鉄パイプが地面に落ちる音がした。
その直後、気が抜けたのか光原は力なく座り込む。
そして静かな水音がして――制服のズボンにはじわじわとシミが広がっていた。
光原から流れる液体はアスファルトの溝を伝い、やがて小川になっていく。

「光原……やっぱお前……怖かったんだな……」
「なっ、ちがっ、これは違う……! あぁぁぁぁぁあ」


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