短編集です。
表現の練習がてら、気まぐれに短い話を書いていこうと思います。
・青い七月という小説もぼちぼち書いていますので、未完ですが気が向いたら読んでみてください!
[感情吸血鬼]
褒められて頬が綻ぶ。貶されて腹が立つ。大切なものを失って涙を流す。人と話して笑う。人間の感情は、複雑な要素で構成されていて、その度合いは個人によって異なる。
人間とは複雑で、嬉しくて涙を流すこともあれば、笑顔を浮かべながら心では悲しんでいることもあるらしい。
愛情、尊敬、嫉妬、憎悪。
恐怖、驚嘆、緊張、興奮。
様々な、人間の“感情”。
人間の感情を吸収して、自身の感情として蓄え、上へ献上する。それが己の“使命”。
上は、献上された感情を利用して、人間に限りなく近い感情を待ち合わせた吸血鬼の“軍団”を作り上げ、人間界を支配することを目的としている。
“無”で生まれた己──感情吸血鬼は、初めに“使命感”という感情を注入され、その他の様々な感情や知識を微量注入され、人間界へ飛ばされた。
様々な感情を注入する訳は、人間の感情を吸い取った際に自身の性格が偏ることを少なくするためである。
人間の感情を吸い取ると、それは自身の感情として反映されるため、個々に偏りが出て支障をきたすことも少なくない。
“使命感”からは“責任感”が生まれ、その他様々な感情が派生し、拙い個性が形成された。
個人の名前などは持ち合わせていない。
ただ己に課せられた“使命”を果たすため、今日も人間の血──“感情”を吸い取る。
まず最初に、人間が多くいる場所、都市へと向かう。己の見た目は、一目見ただけでは吸血鬼とは思えないごく普通の“人間の姿”をしており、周りの人間はこちらのことを吸血鬼だとは認識せず、それぞれの感情に身を委ねながら動いている。
いや、先ほど“ごく普通の人間の姿”と述べたが、“少し上質な人間の姿”と訂正しよう。
「わぁ、お兄さんとっても素敵ですね!モデルのお仕事とか興味ないですか?」
“少し上質な人間の姿”をしていることで、人間が普通より寄ってくる。よって吸血しやすくなる。
「興味か?」
「はい!もし少しでも興味を持っていただけたなら、こちらの名刺の」
人間が言い終える前に、その手首を掴み、爪を立てて刺した。
爪が赤く染まっていき、感情が体の中へ流れ込んでくる。
「あ……え……?」
人間は状況を理解し得ないまま、呆然としながら手首を見つめている。その顔が青ざめていったのは、数秒後。人間は力なく地面へとへたり込んだ。もう用はない。
「お姉さん大丈夫ですか!?」
周りの人間が慌てた様子で声をかけている。
先程の人間から吸収した感情は“勇気”“期待”“欲望”。
その人間を占めている割合が高い感情が自動的に流れ込んでくるのだ。先程の人間は、感情が強かったようで、俺の心身が、勇気、期待、欲望で満ちていくのを感じた。
次はどこにしようか。色んな性格の人間がたくさんいる場所がいいな。
──そうだ、あの場所なら丁度良い。
俺は、学校に潜入することにした。
「──というわけで、今日からキキくんと仲良くしてあげてくださいね」
適当に教師の感情を吸い取り、俺は近くにあった高等学校に潜入することに成功した。『キキ』という適当な名前で、しかも、クラスメイトとして。
これは中々にいい傾向なのではないか?
俺は自身の体が期待に満ち満ちているのを感じながら、指定された座席へと足取りを進めた。
席に座っている人間は、俺のことを見上げながら多様な反応を示していた。
興味を含んだ眼差しを向ける者、訝しげな視線を送る者、ぼーっとこちらを見つめる者…
すると、足元に突然障害物が現れた。俺は視界の端でそれを捉え、咄嗟に飛び越えた。
「おっと」
俺の行く手を阻むかのように斜めに突き出された、足だった。
「おう、悪りぃな転校生、退屈だったからよ」
ニヤニヤと馬鹿にしたような、面白がっているような表情で、人間はそう言った。
……面白い。こいつの感情は美味そうだ。
「なんだよ舌舐めずりとかして」
「…なんでもない」
俺は席へ座った。
座ったはずなんだが。
どうして俺はさっきの人間の肩に手を置いているんだ?
「は?」
「え」
一番戸惑っているのは俺自身だった。俺の手は人間の肩から離れない。何か強烈な引力が備わっているかのように、離れない。
その瞬間、俺は自分が欲望に満ち溢れていることを自覚した。こいつの感情を吸い取りたいという欲望。
「ちょっと、キキくん?早く座って下さい」
「なんなんだよ、ていうかなんだよその、尻尾…仮装か?」
油断した。感情が昂ったせいで吸血鬼の特徴が見た目に表れてしまった。
「明日はハロウィーンだろ?ちょっとくらい、トリックがあってもいいよな」
「何言って」
ブシャッ。
俺の手が置かれた人間の肩から血が溢れ出した。
椅子から崩れ落ちる人間を見ながら、もう少し加減をすればよかったかと感じたが、そんな余裕はなかった。
吸い逃げだ。
「ひいっ」
「きゃああああっ」
叫ぶ人間達の頭上を、飛んだ。羽を羽ばたかせ、窓の外へと飛び出した。
先ほど吸い込んだ人間の感情が身体中に行き渡っていくのを感じる──
共に、俺の羽は消えた。
自分の体が重力に従って地面へと落ちていくのを自覚した時には、俺は俺じゃなくなっていた。
全てが、退屈に感じた。
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5:◆PuoP/I:2022/12/12(月) 23:16
[ミナミとナギサ]
「ミナミすごい!もうレベル100までいったの!?」
「いいなーその装備持ってんの!」
みんながはしゃぎながら、私の手元にあるゲーム機の画面を覗き込む。
「しーっ、あんまり大声出さないで」
そう言いながらも、口の端に嬉しさが滲むのを隠せなかった。
『Miracle World』。『ミラクル』と呼ばれるこのゲームは、地球の滅亡の危機から奇跡的に生き残った主人公が、自分の不思議な力を使って、消えた町や人を取り戻していくという物語だ。
一見ありきたりなRPGのように見えるけど、個性豊かなキャラクターたちと奥深いストーリーで、クラス内でも大人気のゲームだ。
本当は学校にゲーム機は持ってきちゃダメだけど、私は先生に内緒で、学校でこのゲームをやっている。
そして、このクラスの中で一番ミラクルをやりこんでいるのは私だと思っている。
ストーリーもほとんど進めてるし、主人公が着る装備だっていっぱい持ってるし。
休み時間になったら、みんな私の席の周りに集まって、私のゲーム画面に夢中になる。
今日もまたいつものようにみんなで盛り上がっていると、「ちょっと、神崎さん」という声が聞こえた。
振り向くと、そこにはクラスの学級委員の清水ナギサが立っていた。
出たよ、清水ナギサ。
黒髪を後ろで一つに結んでいて、つり目が印象的な女子で、ふざけてる奴とかルールを守らない奴に注意をしてくる。
今年──小六ではじめて同じクラスになったけど、噂通り真面目で、私がゲームをしているのを見ると何回も咎めてくる。私が二週間くらい前からミラクルにハマって、学校にゲーム機を持ってくるようになってから。
ナギサは私の手元にあるゲーム機を指差しながら言った。
「こないだも言ったよね?ゲーム機学校に持ってきちゃだめなんだよ?」
「ごめんってばー、でもいいじゃんこれくらい、ね!みんな」
と、ゲーム画面に視線を戻しながらみんなに同意を求めると、周りのみんなはいつものように乗っかってくれた。
「そーだよー、休み時間なんだからゲームくらい大したことないよ」
「清水さんも一緒に見たら?ミナミ超上手いよ」
ユキが言うと、他の子たちもうんうんと頷いた。
しかし、ナギサの顔色は変わらず、厳しい表情のままだ。
何がそんなに気に食わないの?という言葉が喉を出かかって止まった。きっと何を言っても無駄なんだろう。
はぁー、と私はわざとらしくため息をつき、ゲーム機を机の中にしまった。
「はいはい、しまったしまった」
両手をひらつかせながら適当にあしらうようにそう言うと、ナギサは少しの間私を見つめた後、自分の席へと戻っていった。
また何か言われるかなと思ったけど、何も言わずに自分の席に戻ったことに拍子抜けした。
ナギサが席に座って本を読み始めたのを確認すると、私はおもむろに、さっきしまったゲーム機を取り出した。
「さっきの続きやりまーす」
「ミナミやるぅ」
結局その後は、休み時間が終わるまで、ナギサにバレることなくミラクルを満喫した。
放課後。ランドセルを背負って足早に教室を出ようとすると、「神崎さん」と担任の佐藤先生に呼び止められた。
その瞬間、心臓がばくばくと速さを増す。先生のことが好きだからとかそういうんじゃない。
もしかしてゲーム機、バレた?
焦りと緊張で入り混じった感情を抱えながら先生の元へ向かう。
すると、先生は少し間を置いてから口を開いた。
「神崎さん、最近何かあった?」
「えっ?」
「今日返したテスト、前と比べてすごい点数が下がってたから」
あぁ、なんだテストか。ゲーム機の事じゃなかった。一気に肩の力が抜け、ほっとする…ことはできなかった。今日返されたテストは、お世辞にもあまり良いとは言えない点数だった。
前はテストで100点満点をとってたけど、ミラクルにハマってからは勉強そっちのけで鉛筆よりもゲーム機を握る時間が増えて、成績がガタ落ちしてしまったのだ。
「ごめんなさい。勉強不足です、次回はもっと頑張ります」
それっぽい言葉を並べ、ぺこりとお辞儀をする。佐藤先生は穏やかな笑顔を浮かべながら私の言葉を信じた。
「神崎さんならできるって信じてるよ、頑張れ」
「ありがとうございます」
私はもう一度頭を下げて、早くミラクルをやるために走って教室をあとにした。