・短編小説板より(https://ha10.net/test/read.cgi/short/1672502525/l10)。構想してたら短編に収まりそうになかったため。
・小説板で進行中の小説が4つになりました。そろそろスレ乱立で規制されないか心配です。
・いつもの如く百合注意
・元々見切り発車だったためノリと雰囲気で書いてます。パラドックスやクローン関連の質問は専門家の方にお願いします。
どうやら近い未来に私のクローンが作られるらしい。
どうしてそれを知ったかというと、未来から来たという、私そっくり······というか完全に私な女の子が伝えてくれたからである。
そう、彼女こそが私のクローン······なのだという。
「······で、どうすれば良いの?」
「姐さんのクラスメイトに稲川ちゃんっていますよね」
「いるね」
「その子が犯人です」
犯人、という言い方は少し酷いんじゃないか、と思った。それにしても、稲川さんとは。
彼女は数学と理科に関しては全国でもトップクラスの成績を叩き出す真の天才だ。······でも天才は常人とは考えている事が違うというし、確かに他の子と比べたらごま塩程度に信憑性が高まる。
「そっか。······で、作られたクローンが······君なの?」
「そうです。口調変えてますけど······こうしたら。分からないよね?」
「私だ······」
私のクローンの口調に口調が変だったのは区別をつけやすくする為らしい。
「······で、本題ですが······これを聞いた姐さんはどうするつもりですか?」
「どうするって。どうすればいいの?」
「私が作られるのは、ええと、今年は2023年だから、だいたい8年後────」
私のクローンは突然述懐のような何かを始めた。彼女にとっては述懐なのだろうが、私にとっては予言である。
「稲川さんは某大学の若き教授······と言えば聞こえはいいですが、マッドサイエンティストになります。そこで私が作られた訳です」
「はぁ」
「で、17年くらいして私はここまで成長したので、姐さんにこれを伝えるためにタイムマシンに乗ってここに来たんですよ。タイムマシンが発明されたのは丁度その頃······今から25年後のことですね」
「······」
本当なのだろうか。あまりにも滔々と語るものだから、かえって怪しい。
······でも、これが本当だとしたら······私はどうすればいいのだろう?というか、クローンは、私にどうして欲しいのだろう?
その事を伝えると、彼女は少し呆れた様子をしてみせた。······やっぱり私じゃないような気がしてきた。私より感情豊かだし頭も回っている。
「いいですか。あなたは稲川さんに好かれてるんです。それも、随分と偏執的に······」
「······えっ?でも女の子······」
「だからこそでしょう。だから······あなたがそんな感じなので、叶わなかったからこそ······私が作られたんですよ」
「······」
頭が情報を処理することを辞めてしまった。私の頭は重力に抗ったり負けたりするだけの置物と化してしまう。
「で、······あ、······聞いてない······えっと······」
そんな呟きが聞こえてきたので、私は慌てて我を取り戻した。この反応からしてやっぱり私な気もする。
「ごめん、もう頭に入ってこない。······とりあえずついてきて。一旦帰って落ち着いてからでも······いいよね?」
それを聞いた私のクローンは黙って頷くのだった。
家。一人暮らし。アパート。家賃······事故物件。
ひとまず私のクローンが着てたよく分からない服を脱がせ、私が中学時代に着てたジャージを着せる。
彼女の顔が少し赤くなったのは条件反射だと思いたい。
「姐さんって中学時代から成長しなかったんですね。道理で私もちょっと······」
「うるさいよ。······お腹空いてない?」
「急になんですか」
「いや、お腹膨らませたら頭も回ってくるかなって。せっかくだから······ええと、あなたの分も一緒に作ろうかな、と······」
私が詰まったのは、クローンの呼び方に窮したからである。いちいち私のクローンと呼ぶのも面倒くさいし、そもそもクローンという呼び方にはどことなく無機物的な感じがする。
相手も私なのでその意図が伝わるかは五分だったが、
「塩川紅葉の名前をもじって······『紅羽』でいいです。稲川さんも私のことをそう呼んでました」
「あ、うん。えっと、今作れるのは────」
私のクローン······紅羽はやはり私なのだろう。あんな風に頭が回るのも、稲川さんが作ったから、と認めることで一応辻褄が合う。
さて、私は実際のところさほどショックを受けている訳ではない。何せ話があまりにも非現実的で突飛すぎるのだ。
理解することを二の次にしないといけなくなるのかも知れない。いや、そもそも理解などしない方が良いのかも知れない。
眼前の事柄を、理解は出来なくとも、せめて自分の頭で考えて処理しなければならないだろう。そうでなければ······紅羽と私、どっちがオリジナルなのか分からなくなってしまいそうなのだ。
「······美味しい。姐さんって料理上手だったんですね」
「まあ一人暮らしだからね。······ひょっとして······」
「······稲川さん曰く、『たかだか100gのお肉だって、理念通りには焼き上がらないから』と······」
「あぁ······」
「······なんか、今までずっと稲川さんを憎んできたのに、だんだん哀れになってきました······」
複雑な感情を込めて紅羽は言った。それにしては内容が少し間抜けな気もするが、ともかく。
そのうち私たちは食事を食べ終わった。私は食器の片付けを後に回して、紅羽と向かい合う。
「······で、紅羽は······私に、どうして欲しいの?」
いよいよ、本題の時間である。
「まず、私が想定しているルートは2つ」
紅羽は指を二本立てた。
「1つ目は、姐さんが稲川さんとくっついて、私の未来における生成フラグを折る」
「······く、くっつく······」
「2つ目は、転校するか自分の身体を全力で守るかして、稲川さんにサンプルを回収されるのを防ぐ。これも私の生成フラグを折ることになりますね」
「ちょっと疑問があるんだけど」
思わず私は手を挙げていた。紅羽は教師にでもなったつもりなのか、謎のノリで私の質問に応じる。
「はい何でしょう紅葉さん」
「生成フラグを折ることは分かったけど······そうしたら紅羽はどうなるの?」
「あー、それですか。パラドックスの説によると、多分私は······どうなるんでしょう。都合のいい何かによって合理的な意味付けをされるんじゃないですかね」
曖昧である。しかも国語の評論文に出てきそうな表現方法を使わないで欲しい。······まあ、ドラえもんのセワシを思い浮かべればいいのだろうか。
「そっか······」
「でもクローンに関してはそれも適用されるかどうか。『最初からいなかったことにされる』か、本来私が生成されるはずの年に到達したあたりで『最初からいなかったことにされる』かもしれません。というかそれが濃厚です」
「······」
もはや黙るしかなかった。
私のクローンとはいえ、紅羽は生きているのである。そんな『生命』を、高確率で根本から消し去るような行為には、何となく抵抗があった。
「どうすればいいのかなぁ······」
「姐さんそればっかり言ってません······?」
「分からないんだよ。そもそも紅羽······消えるかもなんでしょ?大丈夫なの?」
「それは────」
私には紅羽がどこか適当に物事を進めているように見える。少し問い詰めてみたら、案の定目を泳がせて······しばらく黙られた。
「······だから、私は······どうすればいいか迷ってるんだよ。紅羽が私のクローンなら、······理解してくれるよね?」
自分でも何を言っているのか半ば不明瞭だったが、紅羽は私の言葉に対して頷いてくれた。
もう少し彼女から、未来で何があったのか聞いておくことにしよう。
まず紅羽から教えられたのが、私は7年後、交通事故で命を落とすという事だった。
「多分······稲川さんが私を作った理由の一つに、それがあると思います」
「······死ぬ······」
「まあ、私がここに来た時点で世界線が分岐してるので、あんまり怖がる必要はないかと」
半ば絶句した私を宥めるかのように紅羽は言った。······そういうものかと思っておくことにする。というか、自分が血の海に沈んでいる所を想像したら······眠れなくなりそうだ。
「それより、私は······紅羽が作られたまともな理由があった事に驚いたよ」
「だからといってクローンを作ろうというのは常軌を逸してるような気もしますけどね。······同情は出来なくもないですが」
「そうだね······そういえば、クローンって今は倫理とか色々な問題で禁止されてるみたいだけど、未来ではどうなってるの?」
私はさり気なく話題を変える事にした。ひょっとしたら未来ではクローンが合法になっているかも知れない。
「禁止されてますよ」
だが、紅羽の返答は私の希望的観測を見事に粉砕する。
「いやまあ······タイムマシンができた年······25年後は家畜のクローンを作る事は一応合法化されてますが人間はダメです。気配すらないです」
「だよね······」
私の心に残っていた、稲川さんを擁護したい気持ちはそこで完全に蒸発してしまった。
その後もいくつか話はしたが、特記することは特にない。紅羽が私の運命を伝えたことによってすぐにでも消えてしまうのではないかと内心危ぶんでいたがそんな事もなかった。彼女の言葉を借りると、『都合のいい何かによって合理的な意味付けをされた』のかもしれない。
「そろそろお風呂入るけど、紅羽はどうする?」
おもむろに私がそう言ったのは、時計の針がもう深夜と表現してもいい時間を指している事に気付いたからである。風呂を沸かさなければと思い、同時に目の前にいる紅羽をどうするかという問題に突き当たった。
「え?いや、お構いなく······」
······そう紅羽は言っているが、女子たるもの、一日でも風呂に入らないとなると様々な問題が生じる。クローンとて私、つまり女子なのだから例外ではあるまい。
「いやいや。とりあえず私が風呂沸かしてくるから先に入っていいよ。というか······どうするつもりだったの?」
「えーっと、いや、野宿かな、って······」
紅羽の目が泳いだ。やはり適当である。
「それは論外だよ······一応予備の布団もあるし、ガス代もそんなに重くないから遠慮しなくていいって」
こういうタイプはグイグイ押すのに限る。報復が怖いところだが。
「······分かりました。じゃあ······風呂、お先にいただきます。」
結論から言うと、私の判断は間違っていた。······いや、仕方ないことだとは思う。流石に未来で作られたクローンとはいえ······風呂の使い方を知らないなんて、思わなかった。
「姐さんこれどうやって使うんですか!?」
「どれ!?」
「このネッシーの首みたいなやつです!!」
「ネッシー!?······あ、シャワーのことね。それは下にある蛇口をひねって······」
「蛇口ってなんですか!?」
これである。正直言ってうるさい。あとなんでネッシーを知っているんだろうか。未来では存在の証明でもされたのだろうか。
······ともかく、うるさいからと言って風呂場に乗り込んで指導する訳にもいかない。風呂場に他の階に対するそれなりの防音性があることを祈りつつ、私は十数分の間紅羽が出てくるのを待つのだった。
風呂から出てきた紅羽は意外にもしっかりと洗っていたようだった。特に髪の艶が、濡れている事を抜きにしても私のクローンとはとても思えない。
「······こっち来て。乾かすから」
「それ何ですか?」
ドライヤーを棚から出したところで私は今にもうろうろし始めそうだった紅羽を呼ぶ。コンセントを挿したところで、彼女は先程より声を抑えながら首を傾げる。
私はそれに答えず、無言でドライヤーのスイッチを入れた。
ぶおー、という叫び声と電子レンジを混ぜ合わせたような音と共に、熱風が紅羽の頭に直撃する。
「ひっ······」
悲鳴みたいな声が聞こえてきた。まあそうだろう。耳の割と近くでこんな音を聞かされたら誰だって驚く筈だ。
7秒かけてざっと頭の全域に熱風を当てた後、掛けてあった櫛を左手に持って梳きながら髪を乾かしてやる。
「······」
先程の騒々しさもどこへやら、紅羽は殆ど何も喋らなかった。正直私はあんまり器用じゃない。上手い人、そう、理髪師ならこの手つきで人を没頭させる事もできるのだろうが······。
······紅羽はあまりこういう経験がないから黙っているのだ、と思って自分を納得させた。
あの後私は紅羽を自室のベッドに寝かせ、風呂に入った。······私だとはいえ、部屋に他人を寝かせるのにはやや抵抗があったが、その辺は大丈夫だった。私の倫理観もしっかりと受け継がれているらしい。というより、私が風呂から出た時点で、彼女はもう既に寝ていたのである。
「はぁ······」
時刻は午後10時。家から学校までは少し離れているため、そろそろ寝ておかないと明日に支障をきたしそうな時間帯。ソファーに予め持ってきておいた掛け布団を広げる。
とはいえ、私はまだ眠る気になれなかった。ちょっとだけ、思考を整理しておきたかったのだ。テーブルにお菓子をいくつか置き、極めつけにはペットボトルのコーヒー。我ながら肌に悪すぎると思う。
······まず、稲川さん。彼女から好意を持たれていることには全く気付かなかった。紅羽の言い方からして、もう既にヤンデレ化が始まっていそうである。私の心情は······ちょっとまだ整理できていない。
紅羽。彼女が私であるということは完全に理解できた。だが彼女のやりたい事がいまいち分からない。彼女は何がしたいのだろう。私にどうなって欲しいのだろう。······私のくせに、全部わからない。
······私は······どうするべきなのだろうか。この思考も何度目かわからない。それもこれも紅羽が現れたせいである────人に罪を押し付けるのはどうかとも思うが。
それに、死ぬと言われても、正直なところさほど感銘は受けなかった。こういうところが問題なのだろう。打っても響かない────頑固、鉄の意思、そして優柔不断。私は最後の性質だけ持ってしまったらしい。
夜は更けていく。朝7時が少しづつ近付いてくる。······結局私はコーヒーも飲まず、お菓子も食べず、布団にくるまって眠りに落ちていくのだった。