どうやら近い未来に私のクローンが作られるらしい。
どうしてそれを知ったかというと、未来から来たという、私そっくり······というか完全に私な女の子が伝えてくれたからである。
そう、彼女こそが私のクローン······なのだという。
「······で、どうすれば良いの?」
「姐さんのクラスメイトに稲川ちゃんっていますよね」
「いるね」
「その子が犯人です」
犯人、という言い方は少し酷いんじゃないか、と思った。それにしても、稲川さんとは。
彼女は数学と理科に関しては全国でもトップクラスの成績を叩き出す真の天才だ。······でも天才は常人とは考えている事が違うというし、確かに他の子と比べたらごま塩程度に信憑性が高まる。
「そっか。······で、作られたクローンが······君なの?」
「そうです。口調変えてますけど······こうしたら。分からないよね?」
「私だ······」
私のクローンの口調に口調が変だったのは区別をつけやすくする為らしい。
「······で、本題ですが······これを聞いた姐さんはどうするつもりですか?」
「どうするって。どうすればいいの?」
「私が作られるのは、ええと、今年は2023年だから、だいたい8年後────」
私のクローンは突然述懐のような何かを始めた。彼女にとっては述懐なのだろうが、私にとっては予言である。
「稲川さんは某大学の若き教授······と言えば聞こえはいいですが、マッドサイエンティストになります。そこで私が作られた訳です」
「はぁ」
「で、17年くらいして私はここまで成長したので、姐さんにこれを伝えるためにタイムマシンに乗ってここに来たんですよ。タイムマシンが発明されたのは丁度その頃······今から25年後のことですね」
「······」
本当なのだろうか。あまりにも滔々と語るものだから、かえって怪しい。
······でも、これが本当だとしたら······私はどうすればいいのだろう?というか、クローンは、私にどうして欲しいのだろう?
その事を伝えると、彼女は少し呆れた様子をしてみせた。······やっぱり私じゃないような気がしてきた。私より感情豊かだし頭も回っている。
「いいですか。あなたは稲川さんに好かれてるんです。それも、随分と偏執的に······」
「······えっ?でも女の子······」
「だからこそでしょう。だから······あなたがそんな感じなので、叶わなかったからこそ······私が作られたんですよ」
「······」
頭が情報を処理することを辞めてしまった。私の頭は重力に抗ったり負けたりするだけの置物と化してしまう。
「で、······あ、······聞いてない······えっと······」
そんな呟きが聞こえてきたので、私は慌てて我を取り戻した。この反応からしてやっぱり私な気もする。
「ごめん、もう頭に入ってこない。······とりあえずついてきて。一旦帰って落ち着いてからでも······いいよね?」
それを聞いた私のクローンは黙って頷くのだった。
家。一人暮らし。アパート。家賃······言いたくない。
ひとまず私のクローンが着てたよく分からない服を脱がせ、私が中学時代に着てたジャージを着せる。
彼女の顔が少し赤くなったのは条件反射だと思いたい。
「姐さんって中学時代から成長しなかったんですね。道理で私もちょっと······」
「うるさいよ。······お腹空いてない?」
「急になんですか」
「いや、お腹膨らませたら頭も回ってくるかなって。せっかくだから······ええと、あなたの分も一緒に作ろうかな、と······」
私が詰まったのは、クローンの呼び方に窮したからである。いちいち私のクローンと呼ぶのも面倒くさいし、そもそもクローンという呼び方にはどことなく無機物的な感じがする。
相手も私なのでその意図が伝わるかは五分だったが、
「塩川紅葉の名前をもじって······『紅羽』でいいです。稲川さんも私のことをそう呼んでました」
「あ、うん。えっと、今作れるのは────」
私のクローン······紅羽はやはり私なのだろう。あんな風に頭が回るのも、稲川さんが作ったから、と認めることで一応辻褄が合う。
さて、私は実際のところさほどショックを受けている訳ではない。何せ話があまりにも非現実的で突飛すぎるのだ。
理解することを二の次にしないといけなくなるのかも知れない。いや、そもそも理解などしない方が良いのかも知れない。
眼前の事柄を、理解は出来なくとも、せめて自分の頭で考えて処理しなければならないだろう。そうでなければ······紅羽と私、どっちがオリジナルなのか分からなくなってしまいそうなのだ。
「······美味しい。姐さんって料理上手だったんですね」
「まあ一人暮らしだからね。······ひょっとして······」
「······稲川さん曰く、『たかだか100gのお肉だって、理念通りには焼き上がらないから』と······」
「あぁ······」
「······なんか、今までずっと稲川さんを憎んできたのに、だんだん哀れになってきました······」
複雑な感情を込めて紅羽は言った。それにしては内容が少し間抜けな気もするが、ともかく。
そのうち私たちは食事を食べ終わった。私は食器の片付けを後に回して、紅羽と向かい合う。
「······で、紅羽は······私に、どうして欲しいの?」
いよいよ、本題の時間である。
「まず、私が想定しているルートは2つ」
紅羽は指を二本立てた。
「1つ目は、姐さんが稲川さんとくっついて、私の未来における生成フラグを折る」
「······く、くっつく······」
「2つ目は、転校するか自分の身体を全力で守るかして、稲川さんにサンプルを回収されるのを防ぐ。これも私の生成フラグを折ることになりますね」
「ちょっと疑問があるんだけど」
思わず私は手を挙げていた。紅羽は教師にでもなったつもりなのか、謎のノリで私の質問に応じる。
「はい何でしょう紅葉さん」
「生成フラグを折ることは分かったけど······そうしたら紅羽はどうなるの?」
「あー、それですか。パラドックスの説によると、多分私は······どうなるんでしょう。都合のいい何かによって合理的な意味付けをされるんじゃないですかね」
曖昧である。しかも国語の評論文に出てきそうな表現方法を使わないで欲しい。······まあ、ドラえもんのセワシを思い浮かべればいいのだろうか。
「そっか······」
「でもクローンに関してはそれも適用されるかどうか。『最初からいなかったことにされる』か、本来私が生成されるはずの年に到達したあたりで『最初からいなかったことにされる』かもしれません。というかそれが濃厚です」
「······」
もはや黙るしかなかった。
私のクローンとはいえ、紅羽は生きているのである。そんな『生命』を、高確率で根本から消し去るような行為には、何となく抵抗があった。
「どうすればいいのかなぁ······」
「姐さんそればっかり言ってません······?」
「分からないんだよ。そもそも紅羽······消えるかもなんでしょ?大丈夫なの?」
「それは────」
私には紅羽がどこか適当に物事を進めているように見える。少し問い詰めてみたら、案の定目を泳がせて······しばらく黙られた。
「······だから、私は······どうすればいいか迷ってるんだよ。紅羽が私のクローンなら、······理解してくれるよね?」
自分でも何を言っているのか半ば不明瞭だったが、紅羽は私の言葉に対して頷いてくれた。
彼女からもう少し、未来で何があったのか聞いておこうと思う。
小説板の方へ移動
https://ha10.net/test/read.cgi/novel/1672716380/l50