昭和、平成前期のプロレスや格闘技の事等を個人的にダラダラと書き込むスレ。
荒し厳禁!
よく「昭和のプロレスの方が面白い」とか言われるけど、今のファンが見ると絶対つまらないと思う。
だって不完全決着のオンパレードだもの。
DVD等では、キレイに決まった試合ばかりを選んで販売しているから、一見勘違いすると思うが、大物対決(シングル、タッグ)の8〜9割が反則か場外痛み分け。リングアウトならまだましな方という煮え切らなさ。春の祭典(今ならG1クライマックスか)や年末タッグリーグの決勝まで、反則決着で終わる事があった。完全決着に慣れた今のファンなら、絶対ついて来れないだろう。
逆に昔のファンはよく辛抱したものだ。それでも散々焦らされた後に、完全決着で終わるから、思い切り鬱憤を晴らせて、またリピーターになる事が出来た。時代の違いもあるが、そう言う意味では昔のレスラーやマッチメーカーの技量は、実に絶妙であったと言うべきか。
長州力が『西郷どん』に出演とな(驚笑)
4:虎夫:2018/07/04(水) 23:43 今やアメリカのメジャー格闘技となったUFCだが、1993年の第1回大会のオープニングマッチは、空手家vs大相撲力士というカードであった。
空手家のジェラルド・ゴルドーはサバットという触れ込みだったが、本人にその経験は無く、実質的には正真正銘の空手家であった。つまり、UFCの歴史は日本の格闘技対決で、幕を開けたのである。
ちなみにサバットとは、フランス発祥の靴を履いて闘うキックボクシングの事だが、もしゴルドーがサバットの選手として出場していたら、ティラ・トゥリの顔面の損傷は、更に酷いモノになっていたに違いない。
テリー・ファンクとアブドーラザ・ブッチャーと言えば、昭和のファンでは知らぬ者がいない程、血を血で洗う凄まじい抗争劇を演じた間柄だが、この二人をくっ付けた名前の人物が存在した。
その名もテリー・ブッチャー!
何ともストレートな合体だが、その正体はレスラーではなく、イングランド代表のCBでチームの守りの要であった。
身長は190pとレスラー並みで、86年のワールドカップにも出場。あのマラドーナの5人抜きドリブルの餌食になった一人と、やや不名誉な形で記憶に残されている。
伝説の名レスラー、ダニー・ホッジ(元世界Jrヘビー級王者、故人)の誕生日が、自分と同じという驚愕の事実を先程知り、多いにビビった(;゜∀゜)
7:虎夫:2018/07/15(日) 22:46 元格闘家の佐竹雅昭が大の怪獣オタクで、怪獣大戦争のテーマを入場曲にしていたのは有名な話だが、対戦相手で一人くらい気を利かして、メカゴジラのテーマで入場する選手がいても、面白かった様な気がする。
ピーターアーツ辺りがやってくれれば、さぞ盛り上がったと思うのだが?
勝負に勝つには先手必勝が鉄則である。
追い込まれてからの奇跡の逆手勝利に、観客は興奮するが、滅多に起きないからこそ"奇跡"なのだ。
何の競技にしても、先にガツーンと喰らわした方が、勝利を手にする確率は遥かに高いのである。
従って「風車の理論」なるものは、規定路線で物事が進むプロレスの世界、それもA猪木氏の世界でしか通用しない"理論"という事が、はっきりと分かるのである。
アンダーテイカーとのヘルインアセル戦で、常人なら病院直行間違いなしの屋上からの落下を、二度に渡ってやらかしながら、それでも元気に闘い続けたマンカインド(ミックフォーリー)が、たった一発のツームストーンで、フォールされてしまうという不思議(笑)
10:虎夫:2018/07/22(日) 21:30 プロレスラーの入場曲の走りとなったミル・マスカラスの「スカイハイ」が失恋ソングであるという事は、今では巷に知れ渡っているが、当時パートナーや対戦相手を務めた外国人レスラーは、どう思っていたのだろうか?
妙チクリンな曲かけやがって…と、頭の中で苦笑いしていたのかも知れない(^_^;)
K-1がまだ続いている事にビックリした。
正確には生まれ変わって、新生K-1としてスタートした訳だが、今年で3年目を迎え大会場での復興も行われた。
だからと言って、昔の様に試合にかぶり付くという事も無く、録画して観た試合も消した。
あの黄金期を知る世代としては、つい高望みをしてしまうのだが、時間を掛けてもいいからエースを育て、じっくりとグレードを取り戻して欲しい。その頃に格闘技熱がまだ続いているかは、正直自信が無いが。
アントニオ猪木氏の最大の功罪は
「プロレスが最強の格闘技」
という妄想をファンの頭に刷り込んだ事である。
>>11
×復興➡️〇興行