〜アタシは“城ヶ崎莉嘉”だから〜
「お姉ちゃん!」
「はいはい、莉嘉」
アタシはいつだって、お姉ちゃんの背中を追いかけてきた。
だって、お姉ちゃんはカッコよくてアタシの憧れで……何より、お姉ちゃんの事が大好きだから。
……でも、少し考え方が変わってきた。
『お姉ちゃんみたいなカッコいいカリスマJKになりたい』から、『お姉ちゃんよりも凄いアイドルになりたい』……って。
そして、自分らしさを見つけたい、見て欲しいって。
お姉ちゃんの背中を追いかけるんじゃなくて、お姉ちゃんの背中を追い越したいって思ったんだ。
つまり、お姉ちゃんを目指すのを辞めるってこと。
だけど、アタシはお姉ちゃんを目指してこれまでやってきた。
アイドルになったのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
セクシーなお仕事がしたいのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
「アタシ、お姉ちゃん目指すの辞める!」
だから、少しテイコウがあったけど、結局お姉ちゃんと二人で話せる時にそう言った。
当然、お姉ちゃんに理由を聞かれた。
「アタシね―――――」
アタシはその時、自分の思ってることをぜーんぶ言った。
そしたら、謝られた。「気づいてあげられなくてゴメンね」って。アタシが勝手に決めたことなのに。
アタシが勝手に決めたことで、お姉ちゃんに悲しい顔をさせちゃった。
でも、アタシはこれだけは譲らなかった。
みくちゃんみたいに、自分を曲げないで……っていうのはちょっと違うかな。ゴメンね、みくちゃん。
そして、呼ばれ方も。
「妹ヶ崎」じゃなくて、「莉嘉ちゃん」とか、「莉嘉」って呼ばれたい。
“お姉ちゃんを目指すアタシ”じゃなくて、“城ヶ崎莉嘉”を見て欲しかった。
……って、その時は思ってた。
ある時、お姉ちゃんが出るライブのチケットを貰った。
当然、お姉ちゃんのカッコいい姿は見たかったから、見に行った。
「美嘉ー!」
お姉ちゃんは、ファンの人達みんなに名前を呼ばれて、やっぱりキラキラしてた。
そんなお姉ちゃんを見て、「やっぱりお姉ちゃんは凄い」、「お姉ちゃんには追いつけない」って思った。
そして、「お姉ちゃんを目指す」ってもう一度思ったの。
「やっぱりお姉ちゃんを目指さないの、やめた!」
って言った日には、お姉ちゃん、すっごい安心してたなー。
……だから。
「ねえ、Pくん。アタシね、“お姉ちゃんを目指しながら”“アタシらしさ”を見つけたいの! 」
ジリリ、ジリリ。うるさい目覚ましの音が鳴る。アタシは、目が開いてない状態のまま手を動かし、目覚まし時計を探す。……あった。
「ん……」
目覚ましの音を止めて、重たいまぶたを何とか開き、身体を起こす。これが、いつもの朝だ。
こうして、今日も一日が始まる―――
ママが焼いたトーストを胃の中に押し込み、制服に着替えた。それから、持ち物も確認する。スマホ、財布、メイク道具……と、教科書。忘れ物はない。
さあ学校へ行こう。そう思った時、肩を控えめに叩かれる。
「莉嘉、はい。お弁当」
「……はあ。作んなくていいってアタシ言わなかったっけ?」
「言ったけど……購買のじゃ体に悪いじゃん。アンタはまだ15歳なんだから」
「はいはい分かった。ありがと。おね……美嘉」
お姉ちゃん、と言いかけたのをのみこんで、慌てて言い換える。お姉ちゃんの事は呼び捨てって中3の時に決めたんだから、しっかりしてよ。と、自分に言いたくなった。
「気をつけて行きなよー。行ってらっしゃい」
「……分かってるって」
お節介な事を言いながらアタシを見送ったお姉ちゃんの顔は何だか寂しそうに見えた。……まあ、アタシがこんなのになっちゃったから、ね。
「おはよー、莉嘉」
「おはよ」
学校について教室に入ると、友達の由奈が挨拶をしてきたのでアタシも挨拶を返す。自分でもちょっと無愛想だと思うけど、アタシと友達の距離感はそんな感じだから。昔のアタシがみりあちゃんにしてたみたいに、ベタベタすることはない。
「そういえばさ」
「何?」
「莉嘉って、美嘉ちゃんの話全然しなくなったよね」
何だ、そんなこと。改めて言うから、もっと大事な話だと思ったじゃん。
「まあね。いつまでもガキじゃないんだから」
「でも私知ってるよ?」
……知ってる? 何を?
「莉嘉の弁当、美嘉ちゃんが毎日作ってるらしいじゃん」
「……は? それどこ情報?」
「美嘉ちゃんがインタビューの時言ってたよ」
「はあああ!?」
お姉ちゃん、何余計なこと言ってんの!
そんな思いでアタシは思わず叫ぶ。……当然、アタシに視線が集まる。アタシは「ごめーん、ちょっと驚いてさー」と言いながら誤魔化した。視線が逸れていくのを確認して、アタシはため息をつく。
「おはよー」
先生が入ってきた。話は終わり。由奈はアタシの机から離れて、自分の席に座る。
ああ、今日も眠気との戦い……授業が始まる。
午前の授業は終わり、昼休み。アタシは由奈と机を合わせて一緒に弁当を食べていた。……お姉ちゃんが作った、弁当を。
「莉嘉、お姉ちゃん大好きだったのにねえ」
「またその話?」
「中学生の時は純粋だったよねえ」
由奈はそう言いながらスマホを取り出す。
「こーんな歌も歌ってたよねえ」
「え? ……ちょ、ちょっとそれ禁止! 禁止だから!」
ニヤニヤした顔で由奈はアタシにスマホを向ける。
―――えとえと前からずーっと それからそれから……好きです!
……DOKIDOKIリズム。アタシが12歳の時に出したデビュー曲。ガキみたいでバカらしい曲。当時のアタシはこれを元気に歌って踊ってたけど、今思うと恥ずかしい。
「こーんなに可愛かったのにねえ」
由奈が愉快そうに笑う。頬が熱い。多分、アタシ今顔真っ赤。
「城ヶ崎さん、うるさい」
「ゴ、ゴメンゴメン」
ほら、由奈のせいで前田さんに怒られちゃったじゃん!
そんな気持ちを込めて由奈を睨むけど、由奈は笑うだけ。ホント、憎たらしい。……ったく、どうして今日はこんな昔のことばっかり……
まるで、「お姉ちゃんに素直になれ」って言われてるみたいでイライラした。
「じゃあね、部活頑張って」
「莉嘉、バイバイ」
友達と別れて学校を出た。アタシはアイドルもあって部活に入ってないから、学校が終わったら寄り道するか家に真っ直ぐ帰るだけ。
今日はもう家に帰ってしまおうかな、なんて思いながら、歩く。
「……あ」
その時、大人っぽい感じの店がアタシの目に入った。確か、最近オープンしたばっかりのカフェ。……最近、お姉ちゃんもアタシもゆっくり休むことが出来てなかったから、誘ってみようかな。でも、なんか恥ずかしいし……
『お姉ちゃん大好きだったのにねえ』
由奈の言葉が頭に浮かぶ。……違う。大好き“だった”んじゃなくて、今も大好き。ただ、ちょっと素直になれなくて、それで当たっちゃうだけで……
「……よし」
……そろそろ、素直になろう。
アタシは決意した。お姉ちゃんを誘ってこのカフェに行くって。もう高校生だから、なんて意地張ってたけど、たまにはいいよね。……おかしい事じゃ、ないよね。
―――だから、素直になる!
「莉嘉、おかえり」
「あ……ただいま」
玄関を開けて中に入り、リビングに向かうと、お姉ちゃんがソファに座っていた。
よし、言おう。そう思っても、全然言葉が出てこないし、何か悪いことをした訳でもないのに、お姉ちゃんと目を合わせることすら出来ない。
「……莉嘉、なんか言いたいことある?」
「えっ」
タイミングを考えている時、お姉ちゃんが言った。……やっぱり、お姉ちゃんはアタシのお姉ちゃん。アタシがいつもと違うことなんて、お見通し。
「あ、あのね……」
「うん」
お姉ちゃんが真剣な表情でアタシの顔を見る。余計言いにくいけど、素直にならないと。
「最近オープンしたカフェがあるんだけど……」
「あ、知ってる。それで、そのカフェが?」
「うん。その……美嘉……ううん、お姉ちゃん!」
お姉ちゃんがびっくりしたような顔をする。そうだよね。アタシがお姉ちゃんの事をお姉ちゃんって呼ぶの、1年ぶりだもん。
「今度の土曜日、一緒に行こ?」
恥ずかしさで思わず下を向く。お姉ちゃんは何も言わないし、アタシが顔を下げてるから表情も分からない。なんて言われるんだろ、断られないかな、そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。
「……なんだ、そんなこと。
もちろん。可愛い妹の頼みを断るなんて、アタシ出来ないし!」
「お姉ちゃん……ありがと!」
甘えるのが恥ずかしくなって、お姉ちゃん離れをしようとした。でもやっぱりお姉ちゃんが大好きだから離れられなくて、そして強く当たっちゃって。そんなアタシだけど……今日、素直になれたんだ。