「おねーさん、誰?」
「え、ええと……」
―――正直な所、私は困惑していた。
人通りの多い廊下であるのにも関わらず、ぐいぐいと近付いてくる女の子は、一ノ瀬志希ちゃん。同じ岩手出身だけど、私よりも一回り近く年下で、普段は全くと言う程関わりがない。
だからこそ、接し方が分からなかった。
「三船美優……です」
ふうん。そう言いながら、私を見詰めてくる志希ちゃん。
大きくて猫のような瞳は、まるで私を逃がさないと言わんばかりにぎらりと光っていた。
私が消極的でなかったら、上手く接してあげられるのに……なんてマイナス思考になってまうのは、いつもの事。
「なんか単純っていうか、淡々としてる匂い」
「……どう捉えたらいいのかしら?」
「面白くはないね」
私が何も言えずにいると、志希ちゃんが口を開いた。
本人に悪気は無いのだろうけど、こうもはっきり言われてしまうと傷付く。かと言って、別に貶されているわけでも無いみたい。
要するに、志希ちゃんは私を“つまらない人間”だと捉えている。そう、ただつまらないだけの人間だって。
「アイドル、楽しい?」
一方的に色々言われたと思えば、志希ちゃんは唐突にそう尋ねてきた。
拍子抜けしてしまって、思わず目を丸くしてしまったけれど、どうにか頷くことは出来たと思う。
話がコロコロ変わる子、私の志希ちゃんに対する印象は、大体そんな感じだった。
「あたしも楽しい。だって、アイドルになって、今まで無かった事ばっかり! 新しくて、刺激的で」
アイドルについて語る志希ちゃんの目は好奇心に満ち溢れてて、キラキラしていた。
私には無い輝き。それが、今のこの子にはあるんだって、その目を見て思った。
……だから、志希ちゃんには私がつまらない人間に見えるのかな。
「美優さんは、アイドルのどんな所が楽しいの?」
「ええと……」
何と返すべきか分からなくて、必死に考えていた時。
遠くから足音が聞こえてきて、その音が段々と廊下に近付いてくるのが分かった。
「あちゃー、バレちゃった。美優さん、次会った時は答えを聞かせて。じゃあねー」
志希ちゃんは楽しそうに笑いながら周りを見渡し、走り去ってしまった。
そんな志希ちゃんを追いかけていく城ヶ崎美嘉ちゃんの背中を見ながら、私は考える。
「志希ちゃん、か」
少しだけだけど、志希ちゃんと話した時間は嫌じゃなくて。それどころか……ちょっと楽しかったな、なんて思って。
また会える事も、彼女が私を覚えているのかすらも分からないのに―――出された問題の、答えを探していた。