とても長い自語りになってしまうのですが、お付き合い下さい。
ここ最近ずっと辛くて息苦しくて、何をしていても楽しくないんです。実は中一の頃から学校で軽いいじめを受けていて。それは他のいじめの被害者の方々に比べれば充分軽い程度のものでしたので、最初は耐えていました。気にしなければいつか終わると。しかし高一になった今になっても続いています。それ加え、学校のグループ活動などでトラブルがあり、責任者でもない私が勝手に責められるなどストレスが溜まっていたのでしょうか。段々と学校に行きたくなくなりました。でも親は休ませてくれるような人でなく、解禁を取れと言われていたので休みたいとも言い出せず、毎日痛むお腹と頭を薬で何とか抑えながら通学していました。しかし先月中旬頃、学校で教室にいた時、急に胸が痛み、息が吸えなくなりました。教室にいると常に圧迫感はあり、息苦しさも常時感じてはいたのですが、それとは比べ物にならないほどの苦しさでした。それが収まると今度は過呼吸になり、救急車で運ばれました。検査の結果何も無く、心因性だろうと言われました。付き添いに来てくれた母が「何も無かったら、検査費でウン万飛ぶじゃん」と言いました。それを聞いてから何だか気まずさを覚えました。帰宅後、親に虐められていたこと、学校に行きたくないこと、死にたいと思っていたことを伝えました。すると「そんなことはみんな経験してる。あなたより辛い人はいるのよ」
と諭されました。何も言えなくなりました。喉に言葉が詰まる感じがしました。また、息苦しくなりました。口を開けても声が出ないんです。その次の日、朝、登校しようと玄関に経つと足が竦んで動けなくなりました。思わずしゃがみこむと、勝手に涙が出てきました。辛くて辛くて、学校になんて行ける状態ではありませんでした。その日生まれて初めて、学校を休みました。父が玄関で泣きじゃくる私に「なんで泣いてるの」と聞いてきました。察した姉が父を押しのけ、私を慰めてくれました。その後しばらく涙が止まらなくて、泣きながら姉に話をしました。随分前から死にたかったこと。いじめが辛いこと。親が怖くてたまらないこと。姉は全部聞いてくれました。しかし父から私が学校を休んだことを聞いた母が電話をかけてきました。とても出る気になれず、放っておくと姉に電話がかかってきました。母は電話越しで怒っていました。「なんで行かなかったの!?普通の休み扱いになるんだよ!?分かってるの!?」姉が私が辛そうで学校になど行ったら本当に死んでしまうかもしれないくらい追い込まれていたからと庇ってくれました。それを聞いた母は突然電話越しに「なら私が死ぬよ!!!」と怒鳴ってきました。涙が止まらなくて、とても悲しかったです。
3:みら:2021/12/03(金) 01:16その日の帰宅後、休んだことで怒られました。何故そんなに心が弱いのかと。そして私もそんなこといくらでもあったと言われました。社会に出たらそんなこと沢山あるのだから何故苦しむのかと。段々と母に相談しているのが馬鹿馬鹿しくなりました。しかし何を思ったのか急に明日学校に行くなどと言い出し、翌日、担任の先生にいじめの全てを話したのです。担任の先生は事情を察してくれ、本人には伝えずに座席やクラス分けなどを変えてくれると言ってくれました。そしてその後帰宅すると「もうスッキリしたでしょ?」と言われました。私は愕然としました。何故先生に話せば全てが終わると思っているのか。しかしここでまだ辛いなどと言っては母にまた責められるのは明確だったので私は口を噤み、頷きました。それから2日後、私は朝から気持ち悪さと頭痛を感じていました。私がリビングで倒れ込んでいると、母がイライラしたように「また?なんでなの?休むの?休めばいいと思ってるの?甘えるんじゃないわよ。休んで困るのは貴方でしょ?」とヒステリックに怒鳴ってきました。私はそれ以上怒られたくなかったので学校に向かいました。しかし途中駅で嘔吐してしまったため、結局学校をお休みしました。帰宅後にまた怒られました。突然母がアルバムを私の前に差し出してきました。それは母の亡くした子供たちの写真でした。とても辛くて、見ていられませんでした。(私は母の本当の子ではなく、特別養子縁組の子供です)そして「生きたくても生きれない人がいるのよ!目の前で命が散っていく辛さがあなたに分かる?そんな事の何が苦しいのよ!私はもっと辛かった、今だってそう。あなたの事がストレスなのよ」と言われました。何も言い返せませんでした。しかしその写真を見て、今まで押えていた気持ちが溢れてしまいました。私は小さな頃から怒られると「あなたの命は生きたかったのに亡くなってしまった子が使う方がいい」と言われてきました。どこかしらにそれを刷り込まれていたのか、何度も何度も怒られる度に「もしも私ではなく、お母さんの本当の子供が生きていたら、お母さんはもっと幸せなのかもしれない」と。何度も死のうと思いました。でもできませんでした。そのことを伝えると何故かまた怒鳴られました。私も死にたかったと。怒られる度に口から何度もこの言葉が突いて出そうになりました。「苦しむことはそんなに悪いことなの?」と。その言葉は結局言えずに今も喉の奥に引っかかっています。それから何に対してもやる気が出なくなってしまいました。ゲームも好きだった読書もお出かけも勉強も家事もなにもかも。ずっと寝ていたい、眠ったまま目覚めなければいいと。
4:みら:2021/12/03(金) 01:23 私は親が怖いです。
小さな頃からよく手を挙げられていました。布団叩きでお尻を腫れるまで叩かれたり、真冬に冷水をあびせられたり、家の外に立たされたりと、何気ない事でしたが。とてもそれが怖くて、トラウマなのかも知れません。なんども怒られ、殴られる度に意識が飛びそうになることがありました。怒られることをしている私が悪いのもありますが、時にやりすぎなのではと感じることもあります。例えば、母の機嫌が悪い日などは大した悪いことではないのに(新聞を取り忘れたなど)ビンタを何度もされ、使えない馬鹿ゴミと散々な言われようです。言い返せば酷くなるのは目に見えているので黙って受け入れていますが、そんなこんなで母に殴られるのが怖すぎて本音もいえなければ、母の顔色を伺う日々です。全否定されるのがもう嫌です。何でもかんでも他人と比べられ、お前は出来損ないだと自信をへし折るようなことばかり言います。褒められることはあまりありません。作文コンクールで入賞した時も褒めはしてくれましたが、それよりも周りの人達にさも自分のことかのように言いふらされて正直嫌でした。親が私のために色々しくれているのも知っているし、嫌いなのではありません。しかし耐え難くて、ストレスです。そして親にストレスを感じる自分にムカつき、さらにストレスがかさなりまふあ。それも辛くて家にいても外にいても学校にいても息苦しくて辛いです。
どうすれば楽になれると思いますか?ご親切な方がいらしたらアドバイス願います。
とても長い文になってしまい、申し訳ありませんでした。