「よその女の唇は蜜を滴らせ、その口は油よりも滑らかだ」
その言葉が不意に頭を過る。
山崎は壁から少しずれたように体を出し、仲つむまじげに会話している男女…宍戸と主人公を見ては眉を顰め、「ひひっ」と引き攣ったような声を漏らした。
つい先月まで自分と目の先の彼、宍戸の周りを嗅ぎ回っていた主人公(あの女)は宍戸に狙いを定めたのだろうか、今では自分には一切近寄らずに宍戸へのコミュニケーションを極め始めている。
基本的に友人を欲しない宍戸もそんな彼女に諭されているのか、最近になって彼女を友人枠へと押しやっていた。
はっきり言うと殺してしまいたい程にあの女が憎らしい。
前までは殆ど喋ったこともなく、逆に避けたい人格であった宍戸。
だが、塾内のクラスメイトであるm子達に不憫な扱いを受けたり理不尽な安価を投げつけられたり踏んだりしても傷付く素振りを見せない、どこか力強い彼に山崎は好印象を抱いていくようになったのだ。
今では想い人と言ってもいい程だ、とは身の程知らずだとは思うが、好きだと思ってしまった自分が存在している事を最近ひしと理解させられる。
同性であり、同年齢。
性別さえ彼と異なっていれば、と最近よく思うようになった。
宍戸と主人公が急接近したのも、自分は宍戸をそういった目で見てしまっていると気付いたのも、この願望も何事も、最近の話だ。
偶然にしては最悪だ、と思う。
ぐつぐつと煮え滾るような感覚を感じながら二人を見つめていた山崎だったが、くるり、とおもむろに目の先の二人に背を向けた。
背を向けると言っても壁に隠れたようなものだが、逸早く目の前の光景を隠したかった。
「なんだよ、あれwwwあいつら付き合ってんの?wwwは?www」
爆笑とも嘲笑とも取れる声色で一人ごちる山崎だがその表情は固く、ギリ、と胸元を掴むように押さえる手は白く変色し、指先からはやけに速打つ鼓動を感じていた。
宍戸と、主人公が、していた。
自分がこうして隠れたところでその事実は変わらない。
「ひ、」と再び引き攣ったような声を漏らしては必死に歪み始める顔に力を込める。
なんでだよ
なんで、主人公なんだよ
笑え、笑えと歪んだ口元に喝を入れる。
だが思ったように体は動いてやくれないもので、歪んだのは口元だけに留まらず全体へと広がっていった。
きっと、今の表情はさぞ最悪だろう。
ああ、壁の向こう側から聞こえる二人の黄色い声を聞いていたくない、
聞いていられない。
山崎は固く握りしめていた胸元から手を放し、震えるままに耳を塞いだ。
知っていた。
自分と宍戸は同性であり、なんら接点もないのだ、結ばれるだなんて有り得ない。
憎い憎いと恨みを抱いた主人公は外見やら性格やらとどこまでも良いことづくめだ。
こんな虚言の塊みたいな自分なんかが敵うわけもない。
敵わない、なにもない、無い事づくめだ。
「情けねぇなぁwww…あは、は」
ぼやける視界は知らぬふりをして、硬く目を瞑った。
「宍戸はビッチ」絶賛上映中
(>>299なんかいい感じ)