、、、私の解釈。
精神的文明が発展していれば、ある程度の教養が施されることは必然です。
これにより、多くの人が道理をわきまえることだったり、理非的判断ができるようになり、秩序を維持しようとする体制などができます。
争いも少なく、独裁体制になりにくく(例外もあります。)教養によって身についた知恵があるからこそ、最高法規(ルール)を守れます。このようにして憲法に遵拠する所の政治ができるようになります。
そして、精神的文明の潮流(近代化)によって
憲政政治もしだいに変わってきます。(例、立憲君主制→立憲民主制)
、、、
すみません、皆さん、なんか解決しちゃいましたw
サーベルさんも、ご自身の考えをこのスレに書いてくれてありがとうございます!
今は憲法改正の必要性について政府がもめてるよね
それと憲法を作ることが出来るのは俺達ではない
つまりは、立憲民主制の「立憲」と「民主制」は対義語まではいかなくても本来の民主主義の意はしっかり反映されているとは言えない
つまり精神的文明の究極の発展は立憲主義を壊すことでもある
人々が憲法により統治されることがなくともフリーダムなライフを送り且つ文明開化することではないかな…