悪魔聖書短文
名も知らぬ花が庭に咲いている。
紫色の細やかな花弁を曇天に向かって広げる姿は健気だ。どんなに求めようと、どんなに待とうと、太陽が顔を出すことは無い。嵐が近づいているこの地域では、明後日までは曇り通しだろう。
「聖書っち、何見てんだ?」
背後から声をかけられて振り向けば、見慣れた悪魔の姿がそこにあった。相変わらず無邪気な笑顔をしている。赤い髪と尻尾を揺らしながらこちらに近づき、そうして、俺は奴に抱きしめられる。
「……離れろ」
「いやなこった」
「……」
「聖書っちだって、こうされていやじゃ無いくせに」
全くもってその通りだった。
世も末なことに嫌ではなかった。むしろ、抱きしめられると胸の内にある物が馬鹿みたいに暴れるのだ。いっそ十字架をかけたままでいればこいつは恐れて抱きついてくることは無いのに、いつの間にか自分は抱きしめられやすいよう十字架を外してポケットに入れているのだからおそろしい。
もっとも、さらに恐ろしいことは起きているけれど。
肩に乗った悪魔の頭の重みを支えながら、なるべく一語一句はっきり聞き取れるよう滑舌よく言葉を発する。
「悪魔殿、最近俺の身に不思議な事が起きているようです」
「んー?」
「日々の日課であるお祈りをすると、何故か握っている十字架が焼けるように熱く感じるのです」
「……へー」
「イエス様や天使様の像を磨いていたら、突然崩れてしまいました。大切に扱っていたのですが」
「そうか」
「すべての物事には因果がありますよね。ならば、一体どうしてこのような事が起きているのでしょう」
ぽつ。
冷たいものが鼻先に当たって弾けた。それがなんであるか理解する間も無く、大粒の雨が空から勢いよく降り注ぎ始める。一粒一粒にたっぷりの重量感があるせいで、いま降っているのが雹ではないかと勘違いする程だ。加えて時々遠雷が大気をビリビリと震わせている。一刻も早く教会の中に戻って雨宿りしなくては。
でも、そうしたいのはやまやまだがーーーー
「悪魔殿」
聖書は大雨の音に掻き消されると知りながらも、声色を変えずに呼びかけた。
「俺は、神様に拒まれてしまいました」
もう教会に入ることすら苦痛だ。
それを聞いた悪魔は特に反応を示すこともなく、聖書を一旦離し、じっとり濡れた髪をかきあげながら相変わらずの笑顔で返す。
「よかったじゃねーか。これからはずっと俺と一緒に居られるぞ」
毒気の無い、心の底からの喜び。
「どこまでも、いつまでも。例え人間が全部滅んじまっても、一緒にいような聖書っち」
「……はい」
泣いているような、笑っているような、悲しんでいるような表情で聖書は答えた。そして差し伸べられている黒い手を掴み、二度と教会に振り返ることなく歩みだした。
やがて嵐が過ぎ、人々は無人の教会に驚き四方へと神父の姿を探し求めた。だが、あの敬虔なる神父は二度と見つかりはしなかった。
庭の一角、雨上がりの花弁を揺らしながら、紫の花は今日も今日とて天に向かって咲き誇る。いつか無様に枯れていくとは知る由も無い。
マツムスソウ【私は全てを失った】
をお借りしました(><)
>>342好きい(*^^*)
聖書悪魔推してたが悪魔聖書もいいわね
悪魔左派歓喜><
テーマも秀逸><
>>345
何度でも言いますがそのお話しゅきです><
挿し絵素敵でうれちぃ><