「ボク、初めてなんだ。」
夕焼け空、赤い太陽に照らされながら狛枝が困ったように笑った。紅葉が木から舞うように落ち、腰掛けるベンチを彩る。先程まで暮れる空を惚けて眺めていた彼が、少し前かがみになって日向を見上げるような体勢になる。灰がかった薄い緑の澄んだ瞳に見つめられ、日向は狼狽えた。
「何がだよ。」
突き刺さるような視線やからかいの笑みを浮かべているであろうことを察しながらも、彼から顔を背け、目線を逸らす。
「…この前さ、ボクの才能のこと…話したよね。」
居心地の悪さを感じながら横目に様子を盗み見る。すると、彼は元通り夕日の方を向いていた。
思考を巡らせ、日向は丁度一ヶ月前に幸運と過去に関する話を聞いたことを思い出し、ああ、と相槌を打つ。
「あの話を聞いた人はね、みんな…みんな離れていったから。不気味だって、怖いって、死にたくないからって、みんなどこかへ行っちゃったから。」
過去に思いを馳せ、俯く。一つ瞬きをし、その時に瞳が揺れていたのを見る。
「あはっ、それが当たり前だってことはわかってるんだよ。…でも…やっぱり少し、寂しくて」
また一つ、瞬きをする。落とされた視線の先にある、踏み躙られた紅葉が瞳に移り、日に照らされ揺れる。
「だから、ボクの才能を知っても…友達でいてくれたのは…日向クンが、初めて。」
噛み締めるように、溢れる幸福を言葉に乗せ、口元を綻ばせる。涙が一粒零れ落ち、白い頬を濡らした。
「…なんか…恥ずかしいな。気持ち悪いよね、ごめんね。」
日が沈み、辺りを暗闇が襲う。傍に備え付けられていた街灯が灯り、空には星々が煌めいている。そんな中でもわかるほど、彼の頬は赤く染まり、その顔を自分の手で覆い隠す。震えながらも強く伝えられた幾度となく聞いた言葉に溜息をつき、白い頭を撫でた。
「気持ち悪い、なんて思ってない。…むしろ、お前がちゃんと俺のことを友達だって思ってくれてたのとか…嬉しかった。」
「…本当?」
指の隙間から戸惑いの色を滲ませた瞳が顔色を伺うため覗かされる。いかにも不安です、といったオーラを醸し出す姿が子供のようで、安心させるために思い切り笑顔を作った。
「本当だって。…というかなんでそんな話急にしたんだよ?」
「 …だ、だって。」
自分自身の絡め合わせながら、きょどきょどと視線を彷徨わせる。
「もうすぐ、友達になって一ヶ月でしょ。…日向クン、もうそろそろ…」
「…死ぬんじゃないかって?」
しばらく迷った後、こくり、と控えめに頷いた。
「あのなぁ…お前、まだそんなこと言ってるのか?大丈夫だって…」
「だ、だって!日向クンっ…!」
ずい、と狛枝が身を乗り出す。俺の太ももの横に手をつき、眉を寄せ、必死に呼びかける。
「日向クン、最近よく怪我してるじゃないかっ!…だんだん、骨折とか、そんな…大きな怪我ばっかりになって…」
狛枝の瞳が怪しく輝き始める。焦点が合わなくなっていき、真下を向いてブツブツと独り言を呟き始める。
俺ことなんて見えてないみたいに、また自分だけの世界に入り込む。俺は狛枝の肩を掴み、揺さぶった。
「狛枝。」
「…うん」
できる限り平坦に、穏やかに呼びかけると、自分を捉え、瞳が自分を映し出しているのがわかる。
「確かに、もしかしたら俺は死ぬかもしれない。でもそれはお前のせいじゃないんだ。…いや、お前は俺の自己満足のせいで殺したことにされた被害者だ。」
「…え、?」
「…でもお前が最後まで俺に付き合ってくれるなら、俺と一緒に死んでほしい。」
「は、」
「俺が死んだら、お前も……」
「…日向クン、それって」
プロポーズみたいだよ、と狛枝はおどけたように笑う。
「…じゃあ、日向クンは死んでも…死んだ後も、ボクと一緒にいてくれるってこと?」
「…ああ」
その時に見せた狛枝の笑顔が、どうしても心に残って仕方がなかった。