「おい、お前に電話来てるぞー!」
階下から聞こえた親父の声に、喧しく音を立てて俺は階段を駆け下りた。この日、この時間帯。間違いなく「あいつ」だ。
受話器を受け取って「もしもし」とだけ言えば、思った通りの奴の声が聞こえた。
今日こんなことがあったんだ、俺のほうはさ、なんて。いつものように無意味なことばかり話していたら、ふとつけっぱなしのテレビが、その中で輝く人が視界の端に映った。
ズキン、と心が痛むのが分かる。
「どうしたの?」
急に黙ったからか、耳元で聞こえた不思議そうな声。
「……おまえ、はさ」
心臓の鼓動がやけに速い。こんなこと言っていいのか。だって、俺もあいつも……。
「なに?」
「……戻りたいって、思うのか?」
時間にしたら、きっと数秒。だけどその数秒はとてつもなく長くて。やっぱり言わないほうがよかったよな、当たり前だよな。ごめん、と言いかけた、その瞬間。
「どうだろうね。いろいろ考えるとさ、やっぱり駄目かなって思う。だけど……」
その『だけど』に一体どれだけの気持ちがこもってるのか。あいつは今、電話の向こうでどんな顔をしているのか。
ごめん、と一言だけ呟く。
そういう自分はどうなの、と聞かれ、思わず閉口してしまう。俺は……俺はどうしたい?
「俺も同じかな」
そうなの、なんて呑気な声。また始まった他愛のない話に花が咲いた。
「じゃあ、また」
「じゃあな」
受話器を置くと、親父に「電話が長い」と呆れられた。思えば、なんでこんなことを続けているんだろう。やっぱり、俺にもあいつにも未練があるのかもしれなかった。まだ生々しい挫折の傷も、きっとあいつなら分かってくれる。そう思っているのかもしれなかった。
ただ、それはもう無理な話だ。俺らは結局、花にはなれなかったんだ。だから二人して別々の道を選んだ。これが紛れもない現実だ。
また痛み出した心に封をする。痛みから目を逸らしたくて、自分の部屋に戻ると今度必要な資料を読み始めた。ただ、目は文字の上を意味もなく滑っていくだけで。
諦めと、未練と。感情がぐるぐると渦巻く。
そんな俺が、運命を変えるあの「二人」と出会うまで、あと少し。
うーんTメインで>>201とか>>203みたいなの書こうとしたけど難しいな