「起きなさい少年」
脳内を直接揺さぶられるような一声が意識を身体に引き戻す。
痛みを堪え瞼を開けると一人の少女が俺の顔を覗き込んでいた。
黒髪を夜色の絵の具で塗った長髪に燃えるような紅眼の少女、小柄と言って良い体格、歳は自分と変わらないだろう。だと言うのにこの存在感はなんだ?
まるで古代の巨大な石像を前にしたかのようなこの感覚さっきの怪物にも似ているがそれとは比べ物にならない、桁違いだ。
「——誰だ?」
「私はあなたの命の恩人になるかも知れない人よ」
「そうか、じゃあ救急車を呼んでくれ」
「それは無理ね、私携帯持ってないから、それに呼んだところであなたは助からない」
少女は淡々と抑揚のない声で告げた、助からないだと? 訝かしる俺をよそに少女は淡々と続ける。
「あなたの生命エネルギーは危険なレベルにまで低下しているの、人ならざる者に襲われた事が原因で。
そして今のあなたが選べる選択肢は二つ、人として死ぬか怪物として生き長らえるか、あなたはどっちを選ぶ?」
「どういう……意味だ?」
「言葉通りの意味よ、人のままここで死ぬか怪物となって生きるか」
「ならば愚問だ、俺は……生きたい」
生きて帰らなければならないんだ、俺の帰りを待ってる奴がいるから、自分の人生をハッピーエンドで終わらせたいから、こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ。
「……そう、あなたは人間ではなくなる、それでも良いの?」
「構わない」
少女は憐れむような目付きで俺を見つめる、生きたいと思って何が悪い。
「それじゃあ契約を始めましょうか」
少女はナイフで手のひらを切りつけた、ナイフは手のひらの太い血管を断ち切ったのだろう、血液が勢い良く流れ出た。
「はい、あーん」
「…………(いや、あーんって、この子血を飲ませようとしているのか!?)」
「ほら、あーん、口開けなさいよ、無理矢理こじ開けるわよ」
そう言い少女は目の前でナイフをちらつかせる。
俺は渋々口を開けた、抵抗しようにも激痛で身体を動かすことが出来ない、血は少女の手のひらから指を伝い口へと流れ込んでいく、鉄の味が口内に広がる。
まさか女の子の血を飲まされる事があるとは、人生何があるか分からない。
「あと数十分もすれば……あなたは人ならざる者になる。そうなれば痛みも和らぐし傷の治りだって早くなる、だからもう少しの辛抱よ」
人ならざる者、その言葉を反芻し思案に耽る。
あまりにも荒唐無稽な話だ、だが俺は実際に人ならざる者に襲われた、この少女の言うことが全て嘘だとは思えない。
もし少女の言葉が100%真実だとして、俺もいつかはあのシオマネキ野郎みたいに……人を、殺してしまうのか。
「あなたはもう私達とは無関係ではないのだから、私達の目的とかあの怪物ことを話話さないといけないのだけどこんな場所でするような話じゃないし、一度に話したらきっとあなたは混乱する。
その傷も2、3日すれば完全に治るはずだからそれまではお家で安静にしてなさい、そして傷が治ったら龍宮グランドホテルに来て、そこで全てを話すわ」
「……わかった」
俺がそう言うなり少女は立ち上がり、もうお前に話すことはないといった目付きで俺を一瞥し黒髪を夜風に靡かせて住宅街に消えていった。