何かの花びらが舞う季節。とある国のとある大学のキャンパスを、人と植物と道路と建物が1:3:2:4くらいの割合で埋め尽くしている。そんな中、まばらな人の群れの中を見渡して、迷彩帽子を被った男に目を付けた白衣の女がいた。
「ねえキミ!」
「あん?」
日頃の行いが良いのか悪いのか。……スコーピオンは美人に声を掛けられた。それもとびっきりの問題児、とされる女性に。『とびっきり』の後に続く言葉を美人に変えても通用するが、それで問題の部分は薄まらない。
「……タランテラ……だよな?毒物の研究をしてるって噂の……」
「そうそう!……私ってそんなに有名だったんだ〜」
「知らない奴は居ないと思うんだが。特に……」
ここで口を噤む。……この女性、タランテラは毒物のスペシャリスト。『毒』という一点だけで高校も大学も飛び級し、今はこの大学で教授と生徒の二足の草鞋を敢行している……一般生徒たるスコーピオンから見れば半分上の立場に立つ人間であった。下手な事を言えば毒殺か社会的な死か。そういう訳であった。
歳は同じな筈なのに。着る白衣や表情から漂う一種の威厳やら自信やらで目が眩むほどである。こんな真っ昼間から迷彩の帽子を被る、控えめに言って変人であったスコーピオンとは変人の度合いと突き抜け方とベクトルが違う。
「特に?」
「いやそれはどうでもいい。んでそのエリート様が俺に何の用で?デートのお誘いとかですかね?」
この軽口は誤魔化しや冗談の他に『拒絶』の意味があった。スコーピオンは元々人との関わりを苦に思うタイプの人間ではない。それでも初対面、そして向こうから話しかけてきた相手をデートに誘うほどの社交性は持ち合わせてもいない。では何故その事を口に出すか。答えは話や関係の飛躍によって相手との距離を生む為であった。
しかしタランテラは一瞬動きを止めただけでまた活性化する。効果はほとんどないな、とスコーピオンは直感した。しかも事態は彼の予想を超えてくる。
「でデート!?……まあある意味そう言えるかな?」
「……うん?」
「えーっとねぇ……あ、ちょっと呼びづらいからキミのことピオくんって呼んでもいい?」
「まあ別に構わないが……」
どうやら相手の飛躍について行くしかないのはスコーピオンの方らしかった。タランテラはそんな彼に新たな呼び名を授けた後はもう元の調子を回復している。しかし『デート』を意識してしまったのか若干声が上ずっている。もしや男性経験はないのか?とスコーピオンは特に他意なく考えた。
「ええと、ピオくんって狙撃得意でしょ」
「……どこでそれを」
若干ぼんやりしていた彼に強烈な衝撃が加わった。……狙撃。普通に生きていたら知識はともかく積極的には触れないような言葉。タランテラは普通ではないものの、果たして彼女が有する叡智の樹の根は狙撃という水源に到達しているのだろうか。
そして、スコーピオンの樹は実を言うと大学2年生たる現時点でその水源に深く根を下ろしてしまっていた。そして突然の事であったのでそれを否定できない。
「ふふん。情報収集の賜物だよー。……で、本当?」
「ここでする話じゃないよな。場所を変えないか?」
「いいよー。折角だし色々と話してみたかったんだ〜」
「……」
ペースを崩されるスコーピオンであった。そもそも狙撃、とは。狩猟なら嗜んでいる。そして主なスタイルは狙撃である。これはほとんどの職業猟師や趣味猟師にも言える事であろう。……よって彼に特別できる程の事は無い。
これは誤解を解かないといけないな、と彼は考えた。いや、実の所……誤解ではなさそうな部分もあるのだが、まずタランテラの提案を聞いてからの話である。
────彼はまだ知らない。この軽薄な考えが、今後10年以上に渡って続く運命の始まりであった事を。
酉ミス
どこかで使った名前をそのままにしてしまっていました
自分です