とても寒い夜の江戸。
吐いた息が白く凍り、凍てつく寒さに皆が身を寄せ合っていた。
一軒の家の二階の窓からとても身長の高い男が出てきた。
「さむいなあ」
ぎしりと歪む木の冷たさに震えながらその長身の男、
丸之助はそう呟いた。その時にも、障子からの隙間風が身体を強張らせる。
「よし。今日もいくか」
"標的"の写真を持ち、いつもの巾着を懐に大事に抱え込み、自分の家をあとにした。
丸之助は写真をよく見つめ、家と家の間を念入りに見て回っている。
「この仔も違うなあ…」
小さな仔猫の首根っこをがっしりと掴み写真と見比べている。
……チリリン。……
丸之助の後ろに、首に鈴のついた首輪をした猫が現れた。
「あああああああ!!!!!! お前! 」
丸之助はびっくりした反動で手に持っていた猫を宙に放り投げてしまった。
「わああああああああ!!!!!!!?????? ねっ猫ちゃんが?!」
宙に放り投げられた仔猫は何が起きたか分からずじっと飛んでいる。
すると丸之助はその大きな体を大胆に捻り、後ろの猫も、宙に浮いてる仔猫も
優しく両手のひらに抱えた。
「まったく……やっとみつけたよ…」
鈴のついた首輪をしている猫を見て、ため息まじりにそう話しかけた。
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「………という事で、きちんとこの子を見つけました!綾さん!」
丸之助の腕の中には先程の猫達がいた。首輪をした猫はシャンとしてお嬢様のように抱かれてる。
一方 仔猫は夜暗いところだったのであまり分からなかったが、とても毛並みもよく、
愛らしい顔立ちをしていた。
「ありがとう。でもこれじゃあ報酬は1万円前後ってとこね。」(現代の通過として考える)
「え!?なんでですかっ!!!」
「…だって汚れてるじゃない。」
「あ。」
「まったく…」
丸之助の前に居るこの女は 這咲 綾。這咲薬問屋の社長令嬢である。
そして、丸之助の店の常連客でもある。
「でも、随分と様になってきたじゃない。その"探偵業"とやら。」
「そうですかあ? えへへ…」
「その埃塗れの姿。」
「…」
そう。この男は"探偵業"を営んでいる。
店の名は、「藍上小掛(あいうえおかか)」。なんてことない、ただの当て字である。
24時間365日ずっと開店中の様だ。
だが、仕事はきちんとこなして、それどころかサービスし過ぎなぐらいしてくるが、
時給が高く、余り客は入ってこない。
だが、本人もそれで納得しているらしく、セレブ客を待っているようだ。
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「ありがとうございましたー!!またのご来店をお待ちしております!!」
鈴のついた首輪をつけた猫を大事そうに抱えて帰る彼女を精一杯の見送りで
返すと、丸之助は自分の部屋に戻り、先程の小さな仔猫を抱き上げた。
「君、一人?」
優しく問いかけた丸之助に、潤んだ大きな瞳で、仔猫は必至に訴えた。
ここに置いてくれと。
「にゃあ、にゃああん」
「わかったよ…かわいいからね❤︎」
「にゃあ」
「名前…そうだ!じゃあ君は今から"おかか"だ!」
「にゃあ」
「おかかーー!」わはははー
小さな仔猫は、嬉しそうに鳴いていた。
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