佐倉葵(さくら あおい)は高校二年であった。彼女が通うこの学校は、文武両道を謳う、どこにでもあるような進学校だ。葵にとっては最寄りの学校で、自転車の車輪を200回まわせば辿り着くような距離にある。
本日晴天。初夏、昼下がり。昼食前の授業の一コマ。
ある生徒はノートまとめに精を出し、ある生徒は隠れてスマホを弄ぶ。空腹に耐えて時計を睨む生徒もいれば、頭を低くして眠り落ちている生徒もいる。
窓際の最後列に座る葵は、全開した窓から入る風で涼んでいるところだった。
そんなところに蜂が来た。正確に言えば雀蜂。大きさからして牝だ。黄と黒の斑点模様が実にリスキーだと思われがちである。
「おーい、葵ちゃん」
すぐに気づいた葵は、いつものように他の生徒に気づかれないほど囁かな声で応対した。
「エリシアさん。久しぶり」
雀蜂のエリシアはしばしば葵に会いに来る。喋り好きなのだ。
エリシアは「最近忙しくて」と参ったように言って葵の机の縁に羽を休めた。
「コロニーの完成が見えないのヨ。女王様も焦ってるみたいだワ。若いワーカー達も頑張ってるんだけど、姉さん達がいないとどうにもねぇ」
エリシアの姉にあたる、歴戦の働き蜂(ワーカー)たちは皆、この前敵状視察に行ったきり帰ってこなかったらしい。その事を知っていた葵は「そっか。大変なんだね」と気を遣った返事をする。