第一章「当たり前の日々」
冷たい雪が降り続ける中を黒塗りの車が一台走っていた。
スモークガラス越しに見える曇り空は、実際よりもどんよりとしていて、それは、吹雪奏楽の目にも写っていた。
「寒いね……」
後部座席で静かに呟く彼女を見て、運転手の金沢修一は答える。
「そうですね。今日は温かくしていてくださいね」
「うん……」
「そういえば、吹雪さんの名前って変わっていますよね」
いきなり話題を変える金沢を、奏楽はチラリとみて返事をする。
「何で?」
「だって、奏でるに楽と書いて『そら』と読むのはあなただけだと思いますよ」
「そうかなぁ……」
「そうですよ」
ぼすっと横になる奏楽を横目で見ながら、金沢はため息をつく。
「ほら、吹雪さん。もうちょっとで家なんですから、頑張ってください」
「はぁい……」
身体を起こし、少し茶色がかったさらさらのロングヘアを左手でなでながら奏楽は思い出したように口を開いた。
「っていうかさ、いい加減『吹雪さん』じゃなくて、『奏楽ちゃん』ってよ……」
「嫌です」
間髪入れずに返答をする金沢に奏楽は少し口をとがらせる。
「えー!?何でよ」
もう3年間も奏楽のマネージャーを務めてきているのだ。
それぐらいいいじゃないと、奏楽が思うのも無理はない。
吹雪奏楽は現在高校2年生の17歳活動歴は中二の14歳からで、この3年間に天才子役と言われるまでに上り詰めた。
いや、もうすでに「子役」ではなくて「女優」だ。
「だって、マネージャーの分際で『奏楽ちゃん』なんてなれなれしすぎじゃないですか?」
「んー……じゃあさ、せめて『奏楽さん』って呼んでよ。それならいいでしょ?」
「分かりました」
奏楽は小さくガッツポーズをする。
「奏楽さん、家に着きましたよ」
金沢の言葉に奏楽は外を見る。
すると、確かに自分の家の白い外壁がそこにはあった。
「ホントだ。ありがと、修ちゃん」
修ちゃんというのは金沢のあだ名だ。
というのも、奏楽一人が勝手にそう呼んでいるだけにすぎないのだが。
でも、金沢自身もそれが結構気に入っている。
「はい。では、また明日」
金沢の車を見送り、奏楽は家に入った……。
と思ったが、ドアノブをつかんだまま、何やら静止している。
すると、くるりと振り返り、スマートフォンをカバンから取り出すと、母親に電話をかけた。
3コールの後、母親は出る。
『……はい』
「あ、ママ?奏楽だけど」
『うん、どした?』
「あのさ、今日ちょっと帰れないかも」
思いがけない奏楽の言葉に母親は驚いたように声を上げる。
『何で?確かに明日は土曜で学校休みだけど……』
「……うん、ちょっと友達の家でレポート書きたいなって……」
『うーん……。じゃあ、気を付けてね』
「ありがとう。じゃあね」
奏楽は電話を切ると、ため息をつく。
友達の家でレポートなんて嘘だ。大嘘だ。
別に友達がいないわけではないが、一緒に遊ぶまでの仲ではないし、有名な芸能人なため、クラスでも皆から敬遠されてしまっている。
唯一話す一部の人たちも、上辺だけの付き合いだ。
もちろん家族ともぎくしゃくとした関係になってしまっている。
でも、たった一人、奏楽には心を許せる人がいた。
それは―。