奏楽は、セミが鳴き続ける中、今はもうやっていないビルの屋上へと来ていた。
一歩一歩階段を上っていくたびに、自分の命が削られているかのように感じる。
でも、実際そうなのだ。
錆びたドアは簡単に開いた。
低い鉄柵を握りしめると、本当は太陽の熱で暑くなっているはずなのに、なぜだか氷のように冷たく感じる。
そのままそれを飛び越え、ギリギリ端まで進む。
下を見ると、見るだけでめまいを起こしそうな高さだった。
でも、もう限界なのだ。
奏楽の親は、奏楽が中3の頃離婚し、奏楽は母親の方へと引き取られた。
そして、いつだったかは忘れたが、母親は再婚し、新たな男性と人生を歩みだした。
そのころから奏楽は芸能界で有名になり始めていた。
それが気に入らなかったのだろう。
再婚相手からの、度重なる暴力。
かばってくれない卑怯な母親。
辛い時にこそ助けてくれない友人たち。
少し血のついている床に倒れこんだ奏楽は、うつろな目でそっとそこにいる「悪魔」を見上げた。
そして、そっと母親に視線を移すと、何事もなかったかのようにテレビを見ている。
卑怯者、裏切者。
いくら言葉を並べても足りない。
「悪魔」が去って行ったあと、奏楽は物音ひとつ立てずに外へ出た。
汚い外壁のビルが視界に入り、その方向へと足を伸ばす。
そして、あのころに至る。