…え?
私は視界がひらけた途端、ことばを失った。
ぼとり。カバンが手から滑り落ちる。
膝が震え、唇を動かすも声が出ない。
聞こえてくる笑い声だけが、耳ざわりだった。
「な…に…してるの…」
私は絞り出すように言った。
「ん?あ…香澄」
やっと気がついた、というような声を出して振り向いた髪を二つに分けた女子が振り向いた。
その女子の手からも、黒い何かが滑り落ちた。
その何かから闇のような色の液体がこぼれてはね、教室の床に水玉模様を描く。
そして。
そのわきでうずくまっている、小さな一つの影。
それもまた、床のように黒く汚れていた。
「ぁ…」
小さな声が漏れる。女子生徒だ。
セミロングの髪からしたたる何かに、ぼうぜんとしている。
横には、バケツ。並々と入っているそれは…
「墨汁…」
入ってきた少女ー香澄はつぶやく。
凍っていた声が、やっと溶け出したように。
香澄はしゃべりだす。
「詩音…何してるの。」
「そ…それは…こ、こいつが悪いんだよ!私は全然…」
「何してたかって聞いてんの‼」
しどろもどろになる女子…詩音の声をかき消すほど大きな香澄の声が、教室に響いた。
空気が震えるほどの怒鳴り声に、詩音の肩がびくりと大きくはねる。
そんな詩音の横をすり抜け、香澄はしゃがみ込む。
「大丈夫?美彩…」
差し出される香澄の手を、ただ見つめる美彩。
そして、おずおずとその手をつかみ、ありがとう、と蚊の鳴くような声でいいながら立ち上がった。
詩音はそれを目で追いかけるばかり。
憎しみのこもった瞳で…