人は自分にはないモノを持っている人に惹かれると言いますが……

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2:佐藤シュガー:2016/04/04(月) 23:47 ID:QCY

「おはよう、カエデ。今日凄いね」


教室に入って一番にそう、親友に言われた。

いつも無表情なミヤビだけど、口端が少しだけ、ほんの少しだけれど上がっている。親友だからなんとなくわかる。これは確実に笑っている。

だからきっとこの、凄いね、という言葉には二つの意味が込められているんだろう。

一つは今日の雪のこと。まだ11月だというのに降った雪は30cmほど積もっている。今日、天気予報を見忘れていた私にとっては地獄に等しかった。

家を出たときには降っていなかったのに、短時間でこんなに降るなんて……。今って地球温暖化なんじゃないの?寒いよ、もう……。

そして二つ目は


「お前、その頭どうした!?」


そう、この言葉……。私の頭には先ほどまで大量の雪積もっていた。天気予報を見忘れた私は傘を持っていなかったのだ。

そして今、その雪が頭の熱で溶け私の頭はペッタンコだ。言うなればそう、私はさながら河童だろう。

頭の上にお皿でものせて相撲をとってやろうか、と思っていたら後ろから、お前その頭どうした、と言った奴がゲラゲラ大笑いしているのが聞こえた。


「ちょ、桜井、お前は笠地蔵かよ!」

ん? 桜井君? さっきの言葉、私に言ったんじゃなかったんだ。少し自意識過剰になってたかな。

ついつられてドアのほうを見た私は、目を疑った。

そこには、頭の上に大量の雪を積もらせた笠地蔵がいた。

いや、正確には笠をかぶっていなかったので笠地蔵ではない。そして桜井君は坊主頭ではなく天然パーマだ。

それじゃあもう、笠地蔵の要素がないではないか、と言われるかもしれないが格好が問題なのではない。

桜井君は一種の諦めを含んだかのような微笑を浮かべていたのだ。それはさながら、悟りを開いた昔の偉い和尚様のようだった。

って、それではもう笠地蔵ではないじゃないか。ただの和尚様ではないか。


大量の雪をのせた桜井君改め、笠地蔵改め、和尚様は、笠地蔵かよ、と言った少年に対し、まるでガンディーの再来かのような笑顔で合掌した。おお、神々しい……。

後ろにお釈迦様が見え隠れしている。お、和尚様、この沙悟浄めと共に天竺へ参りましょう!


少年はギャハハ、と笑いながら桜井君の頭の雪をわしゃわしゃとはらった。

こらこら、インドでは頭を撫でることは相手を侮辱するということに値するんだぞ。まあ、ここは日本だけどね。

あれ?ガンディーってインドだよね?

私の軽い苦悩をよそに桜井君は少年に対し笑って

「ありがとう」

と言った。ふむ、キミはガンディーを意識したわけではなかったのか。

少年が雪をはらっていくと、桜井君の天然パーマが見えてきた。

ふん、いくら天然パーマの桜井君といえど、自然の摂理には逆らえまい。キミは私と同じ沙悟浄の道を辿るのだよ。

だが、少年のある一言がそんな私の思考を一旦停止させた。


「あれ、桜井お前、なんで髪がぬれてないんだ?」


え?まさか……。

桜井君の周りには雪が積もっている。少年がはらった雪だろう。

教室の中でなんてことしてくれたんだ。あ、今、桜井君ボソッと雪達よ、自然に還れって言った? ここは自然じゃないぞ、人工物だぞ。水溜りが出来るだけで自然には還らないぞ。

でも、溶けずに床に雪が積もっているということは……。


「俺の天パが勝ったんだよ」


桜井君は少年に向かい、誇らしげにそう言った。つまり、天パで頭皮との接触をさけ、さらに熱が伝わらないほど髪の毛が複雑に絡み合っていた、ということか……。

だけど、そんなことが本当にあるの? 全くと言って良いほど髪がぬれない、なんてそんな奇跡が存在するの?

私にはないモノをこの人は、桜井君は持っている。私とは違う、素晴らしい天然パーマを。自然の摂理に逆らうことの出来る、強靭な髪の毛を。

その瞬間、私は桜井君に惹かれた。恋と呼ぶにはまだ早いかもしれない。けれど、桜井君に対して今までとは違う感情を持ち始めたのは確かだった。


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