彼女は道に迷っていた。
いじめっ子たちにつけ回されて、てきとうにグルグル逃げていたら、あまり来たことのない4丁目に来ていた。
彼女は、自分の家がある2丁目に、どう行けば分からなくて、とぼとぼ歩いていた。
後ろを振り向けば、いじめっ子たちはもういない。
彼女はいじめられっ子だった。
性格が暗いからか、それとも頭が悪いからか、それとも運動が出来ず、いつも皆の足を引っ張っているからか。
___いや、そのどれでもあるのだろう。
彼女はいじめられっ子。
それ以外に、彼女を表す適当な言葉は見つからない。
彼女は独りぼっちだった。
友達もいない。味方してくれる先生もいない。家族はいじめのことを知らないし、まず帰りが遅かった。
彼女が寝た頃に帰ってくる。
だから、必然的に家でも学校でも、彼女は独りぼっちなのだ。
……ああそうだ。そろそろ彼女と言うのはやめて置こう。
彼女に名前を出すことの許可は貰っているし。
彼女の名前は佐藤 留美子。
家族構成は父と母、そして姉がいる。
けれど、彼女___留美子の姉はもう居ない。
だが、死んだというわけではない。
ただ、その家に居ないというだけなのだ。
じゃあどこに?そんな質問が出てくるだろうから、答えてあげよう。
留美子の姉は、神隠しにあったのだ。
つまり行方不明。
もう、6年も前のことだ。
留美子は姉の美佐子のことが大好きだった。
家に帰れば、必ず美佐子がいた。
学校では、美佐子が一緒に遊んでくれた。
けれど、その美佐子が神隠しにあった。
それからだ。留美子が暗くなり、勉強にも運動にも精を出さなくなったのは。
___彼女がふと顔をあげた。
目の前は行き止まり。
どうしよう、と彼女は震えた。
今にも泣きそうな声で、お姉ちゃんと呟いた。
彼女の心の拠り所は、いなくなった姉の美佐子なのだ。
いつか必ず帰ってくると信じてもう六年。最後に見た、美佐子と同じ年になってしまった。
「お姉ちゃん……」
怖いよう、と言って、また下を向いた。
その言葉は、姉に届くことはあるのだろうか。
残念なことに、その言葉が届いたのは、赤の他人だった。
「どうしたんだ?」
留美子が後ろを振り向くと、いつの間にか高校生が立っていた。
留美子の通う小学校から近いところにある高校の制服を纏った高校生は、不思議そうに留美子を見ていた。
留美子はその高校生でさえも怖かった。震えて言葉が出ない。
高校生はそのことに気づいたのか、留美子の手を取って、どこかに向かって歩き出した。
誘拐、という言葉が留美子の頭によぎる。けど、それでもいいかな、と留美子は思った。
もしかしたら、消えた美佐子のところに行けるかもしれないから。
足りない頭で留美子はそう思ったのだ。
高校生は、ある商店街の、ある店に留美子を連れて行った。
その店の中にはお菓子がたくさんあり、そのお菓子を食べる場所であろう畳が三畳、店の隅にあった。
カウンターの奥には、また一人、高校生が座っていた。
「よー、店番さーん」
「んお?……あっれー、旦那じゃないかー久しぶりだねえ」
親しげに挨拶を交わす高校生二人を見て、ようやく留美子は安心した。
どうやら悪い人では無さそうだ。
それに、ここにはたくさんのお菓子があるし。
お菓子だけで留美子の心は変わるらしい。
留美子のことを連れてきた高校生が、店番さんと呼ばれた高校生に、留美子のことを話した。
道に迷っていた、と。
店番さんは、へぇ、と言って、お菓子を眺める留美子を見た。
「……まあいいや。えーと、君、お菓子食べる?もちろん、旦那の奢りだよ!」
「おい待てよ店番さん!なんで俺の___」
「おー、このチョコ?美味しいよね!よしよし、お茶も淹れてこようか!」
留美子は店番さんと高校生のやりとりに笑った。
彼女はお菓子と、この奇妙な二人に心を許していたのだ。
これも、頭が弱い故なのかもしれない。