「すみません、便所はどこですか?」
それまでずっと下を向いて投げかけられる野次や罵倒に耐えていた令嬢が、ようやく顔を上げた。
______この国では珍しい色彩。故に、忌み嫌われる色でもある黒。
艶のあるその髪は腰あたりまで真っ直ぐに伸び、その肌の白さをより一層際立たせている。然し、類を見ないその色彩が目を引くと言うだけで、顔立ちは特に目立ったものというわけでも無い_____良くも悪くも普通、といったところだろうか。
初めてよく見た瞳は、やはり髪と同じ黒の色で。光の無い虚ろなその眼孔からはどこか焦りと畏怖の色が見えた。
「……え?」
「ですから、便所はどかこと聞いているのです」
一瞬、少女からの問いかけがあまりにも世間一般で言う「令嬢」のイメージからかけ離れすぎていて、その場にいた兵士たちが思考を停止してしまったのは仕方あるまい。それが、普段女性というものとの接点の無い騎士団の男共であるのならば尚更だ。
呆然とする兵士たちを急かすように、しきりに便所の在り処を訪ねる令嬢___否、少女。
先ほどまでは、しおらしく神官からの判決を受けていたというのに。いや然し、それにしては大人しかったな、という気はしていたが。
ごく稀に若い令嬢や娘がこのような場に立たされる時は、神官への決死の反抗、または人目も憚らず泣き叫んだり、癇癪を起こしたりするするケースが非常に多い。大抵が世間知らずなお嬢様や、親の威光を傘に周りを従わせてきた者が多いからだ。
然しこの娘ときたら、泣かない、叫ばない、まずものを言わない。
_____数々の重罪を犯してきたにしては、よく身分を弁えた令嬢だな、と、彼____レオナルド・グランバード副騎士団長は感心していた。
そう、この彼こそがこの国の王属騎士団率いる若き筆頭騎士である。
若くして副団長にまで上り詰める実力を持った彼は、仕事柄、このような場に足を運ぶこともあった。
それ故に、これまでに数々の『追い詰められた人間』の姿を見てきた彼は、今回重罪人としてこの場にやってきた少女のある意味型破りな反応を見て、思わず拍子抜けしたほどだった。そして、今までの女性に対する偏見や誤った考えを深く省みようと思っていた。
のに。