花の名前を聞かれてもチューリップとヒマワリぐらいしか出てこない私たち新入生に、イヤな顔をせずに基礎から教えてくれた七海さんは、大人しそうな見た目と違ってボクシングやプロレスといった格闘技が好きで、小学四年生まで兄と一緒に柔道場に通っていた私とは話が合った。
姉が出来たように嬉しくて毎日のように、彼女がああした、こう言ったと騒ぐ私のことを、まるでアイドルの追っかけだ、と兄は苦笑して言った。
「お兄ちゃんはクラスが違うから知らないんだろうけど、七海さんってすっごく素敵なんだからね」と言っても兄は「フーン」と気のない様子だったから、入部して二か月が経った頃に華道部の先輩に、兄と七海さんが半年も前から付き合っていると聞かされても、
「またまたぁ。騙されませんよぉ」と私は笑ってしまった。冗談だと思ったのだ。
「本当よ」と七海さん本人が言っても信じられなかった。
「本当だって。私から告白したの」その言葉に、私は腰が抜けるほど驚いた。
兄と七海さんは、美女と野獣という言葉がぴったりの組み合わせだ。
柔道部の兄は体格こそいいけれど、一度折っている鼻は形が悪いし、寝技の練習のせいで耳は潰れて餃子みたいだ。
不細工ではないけれど、ハンサムでもない。
二人きりになった時に、「お兄ちゃんのどこがいいんですか?」と聞くと、「いつでも前向きで優しいところかな」と笑って、同じクラスだった二年の時の話をしてくれた。
二人と同じクラスに女子柔道部の人がいた。
男子に交じって練習するぐらい熱心な人で、団体戦のメンバーに選ばれたのに、運悪く予選で膝を痛めてしまった。
女子柔道部は人数が少なかったから、彼女の代わりを立てることができず、結局、棄権することになってしまった。
久しぶりに女子柔道部が団体に出られるチャンスを潰してしまったと、彼女は柔道を辞めたいと言うほど落ち込んでしまった。
そんな彼女を女子部員はもちろん、男子部員も慰めたけれど、兄だけが「今回の怪我は、体重を落とせ、階級を下げろっていう神のお告げじゃないか」と言って、ダイエットの本と、リハビリ中のトレーニングメニューを渡したらしい。
今は柔道のことを考えられないと言っている彼女に対して無神経すぎると、兄の行動はクラスの女子たちから非難ごうごうだったそうだ。
「俺だったら、終わったことより次のことを考えるほうが楽しいからと思っただけなんだけどなぁ」と困惑しながらも非難を受け止める兄に、七海さんは惹かれた。
「私もね、この人みたいに前向きに生きていきたいなと思ったの。私って、すぐに後ろ向きに考えちゃうから」
七海さんが?と驚く私に、「翼くんと付き合ってからだよ、何事も前向きに考えられるようになったのは」と微笑んだ。
「望ちゃんが羨ましいな。翼くんとずっと一緒にいられるでしょ」
七海さんがそう言ってくれたことはすごく嬉しかったけれど、きっとお兄ちゃんが振られて終わるんじゃないかなぁ、と私はどこか冷めた目で二人を見ていた。
だって、お兄ちゃんよりかっこいい人はたくさんいるんだから――。