◆第一話 白と凪りて福を成す
「ねぇ、ここ分からないんだけど……」
6月某日。神屋東(コウヤヒガシ)中学校。
「ねぇ! 分かんないんだけどっ!」
一学期、期末試験間近の学生が詰め込まれた3年2組の教室で数学の授業が行われていた。
「ねぇねぇ! 聞いてる!?」
そんな試験前の緊張状態にある教室で……。
「ねぇ! ねぇ! ねぇっ!!」
とある女子学生が声を張り上げていた。
「いい加減にしなさい白凪さん!!」
だが、すぐにその声は授業を担当していた教師によって打ち消される。
「授業中の私語は厳禁と、何度言ったら分かるんですか!?」
かすれた、もう言い飽きたとでも言いたげなその声に、
しかし白凪(しらなぎ)と名指した女子学生は首を傾(かし)げた。
「……? 分からないから、安田さんに聞いてるの」
傾げながら、今まで話しかけていた安田という名字の気の弱い女子生徒を指差す彼女。
どうやらその指差した先にいる生徒がプルプルと、涙ながらに震えていることには全く気付いていないようだった。
その光景を見て「はぁ……」とため息を吐く数学教師。
そう、彼女の――白凪千里(しらなぎちさと)の暴走はなにも今日に限ったことではない。
テスト中に話し出す。授業中、堂々とおにぎりを食べる。急に歌を口ずさみ始める。「空が綺麗だから」と言って窓から外に出ようとする。等々、挙げてゆけば限りないが、
とかくこの白凪という生徒は教師のあいだでも『不良よりもタチが悪い』『一回精神病院で精密検査を――』と言われるほどに危険視されているのだ。
「……とにかく。今は授業中ですから……静かにして下さい」
これほど悪名高い生徒に対して、これ以上何を言っても無駄だ。
そう判断した教師はとにかく授業を再開するために言葉を飲み込み、沈黙をうながす。
「……なんで?」「なんででも、です!」
それが教育でないと言われようとも……。
この生徒はもう無理だと切り捨て、教師・生徒共々それを無言で了解し、
千里を――白凪千里を置き去りにしたまま、今日も『いつも通り』の日常が過ぎて行った。