糸乃は自分の部屋のドアの鍵開けて部屋に入った。
その瞬間に、プルプルと震えながら床からこちらを見つめる手のひらサイズの透明なスライムと目が合った。
スライミーだ。
「しの〜!」
小さな声で叫び、ぷよぷよぴょんぴょんと跳ねて喜びを表すスライミー。
うん、かわいい。可愛いんだけど・・・
(床に水たまりが・・・しょうがないけど。)
喜んでぷよぷよぴょんぴょんしているスライムと、それを見て固まっている女子高生。
なんともシュールな光景だ。
糸乃はそう思って苦笑いしながらスライミーに呼びかけた。
「また蛇っ子に追っかけられたの?」
「そうなの―。おっきい赤ちゃんヘビ。で、怖くて逃げてたらぼくは水漏れしちゃった。」
スライム族は元々水分から出来ている体を持ち、体内で水を生産し、周りの水分を操る種族なのだ。ただ、恐怖などを感じると水分を上手く制御できなくなる。自分の命にかかわらない程度に。
そのことの正式名称はないし、それを水漏れとこのマンションの住民の一人がつぶやき、言葉を習っている途中のスライミーは水漏れと覚えた。
どうしても水漏れ修理の広告が頭に浮かんでしまうのだが。仕方ない。
スライミーから話を聞いて大体の事情が見えてきた糸乃はいつまでも玄関に突っ立っているわけにはいかず、スライミーを通り越してリビングに向かった。
スライミーもぷよぷよぴょんぴょんとついてくる。
「あ、スライミー玄関の水を蒸発させといてくれない?」
肩にかけていた学生カバンを床に下ろしながら糸乃はスライミーに頼んだ。
「わかった〜!」
そして、音もなく水は水蒸気へと変わる。
つくづく思う。スライムは不思議な種族だ。脳みそもないようなのに言葉を話し(しかも学習能力と言い、暗記能力といい、色々すごいのだ)、水分を制御する。のどもないのに声を出す。考え出すときりがないから深くは考えないが。
「スライミー、おいで。」
「しの、これから何するの?」
糸乃がスライミーに手を出して呼ぶと、スライミーはためらいもなく糸乃の手に乗って尋ねた。まるでゼリーを乗せているみたいだ。喋るたびにブルブルと振動する、ゼリー。
・・・よく考えれば不気味すぎる。正面から見ればかわいいつぶらな瞳も、横から見てしまうと・・・・・・・うん、言わないでおこう。
「とりあえず十五階に行こうか。」
そう言いながらスライミーとエレベーターに乗り込んだ。十五階に部屋は無い。ソファーやイス、テーブルやテレビ、自販機の置いてある階だ。
この異能マンションの住民たちは暇な奴が多いのでそこにたむろっている。大抵は楽しく遊んだり、談話をしている。たまにパーティーを開く場所だが・・・・・
エレベーターを降りた糸乃とスライミーが見たのはイスやテーブル、もしくはその残骸が飛び交い、その中を複数の住民たちが争っている場面だった。