水夫は振り向いた。 オールを止めても、慣性で舟は進む。 女の顔を見て、水夫は驚いた。 水夫は鬼を乗せていたのである。 水夫は今までずっと自分が鬼を運んでいたことに気がつかなかった。 ただ、長年の経験が老水夫の中に流れる時間を真っ白にしていたので、 ここ数年の間は、無意識に生きていたのである。 その眠りが、この鬼の、 「水夫さん……」 の呼びかけで、ぼんやりと覚めたような気がしていた。 水夫は困ってしまった。