序
その男は、グランゼ帝国北西部マヌンハット伯爵領の主都マヌンハットにいた。
「・・・・・・何とかお金を稼がなければ」
実はこの男は『魔王が支配する国』からその身1つで逃れてきたのである。しかし、お金が無い以上、このままでは飯も食えずに餓死してしまう状況にあった。
とは言え、この街まで来るに至るまで、日雇いの仕事を見つけれ食繋いできたのだ。ならばと彼はこの街でも日雇いの仕事を見つければ良いと、当初は考えていた
「この街は求人に対する供給が全く無いとは・・・・・・盗みでもやろうかね」
そんなわけで、ついに盗みまでをも考えるようになったのである。
「やあ、いかにもお金に困ってそうなキミ」
彼が盗みを行うか否かの葛藤に悩まされていると、若い青年が声をかけて来た。身なりは高貴な者を思わせるようなものであった。貴族階級か騎士階級、或いは商人か、少なくとも庶民ではないことが伺えた。
「何方? 」
「僕は騎士階級の生まれさ。まあ、親父も死んでしまったから僕は現役騎士ってなんだけどね」
「ほう。その騎士さんが何の用かね」
「キミに仕事を頼みたい。仕事を引き受けてくれるなら、大金をキミに与える約束をしようじゃないか」
と、騎士の青年は言った。だが、男は思ったのだ。青年のような騎士階級或いは貴族階級でも下級貴族などはあまり大金を持っていないことが多い。庶民に比べてある程度は裕福な生活ができるかもしれないが、見ず知らずの人間に仕事を頼んで大金をあげるほどの余裕は無い筈なのだと。
「大金ってどのくらいだ? 具体的に提示してもらいたい」
と男が言うと、
「まず前金として、1億マネーを支払おうと思う。この場で直ぐに払えるぞ」
「いっ、1億マネーだとぉ! 」
騎士の青年から提示された金額に男は驚いた。1億マネーと言う額は、庶民の平均年収が400万マネーである現状では、とんでもない額なのだから。
「で、仕事が成功すれば、5億マネーを払おう」
そして、後金として5億マネーである。失敗しても1億マネーもあれば、しばらくは生活に困らないだろう。
逆に、この良すぎる話に男は警戒を強めた。
「失敗しても1億マネーをくれるってことは、引き受けるだけでとんでもない不利益が生じるのではなかろうかね。或いは詐欺とかかな? 」
当然、この程度の疑問は思いつく。
「詐欺ではないよ。ただ、引き受けただけで、かなり不味い立場になるのは間違いない。だが、キミは何としてもお金が必要だ。そうだね? 」
「う、うむ」
まさか、特権階級同士の陰謀などに絡んだ仕事をさせようとしてるのでは無いだろうか? 男はそう考えた。
だが、
「引き受けよう。・・・・・・で、どんな仕事だ」
男は仕事を引き受けたのであった。実は魔王の支配する国で色々と危ない目に遭ってきたことで(時には自分で引き起こしたり)、神経が図太くなっていた。
「引き受けてくれるのか! ありがとう。仕事の内容はとある貴族の暗殺を手伝って欲しいのだ」
男の予想通り、その仕事内容は特権階級同士の陰謀などに絡んだものであった。
「そのとある貴族って誰なんだい? 」
「それは、領主ジョン・マヌンハット伯爵だ」
その暗殺対象は、まさにこの地を治める領主であった。