序
「…暑い、」
そんな言葉が似合うような陽射しを浴びながら、塾の帰り道をノロノロと歩いて行く。
揺ら揺らと揺れる陽炎を見ていると、クラクラして今にも倒れてしまいそうだ。
昨日迄の大雨が信じられない位にカラッとよく晴れていた。所々にある大きな水溜が、昨日迄の大雨の唯一の証拠だった。
水溜は青い空を、点々と浮かぶ雲を、眩しい太陽の光を、まるで鏡のように映し出していた。
勉強ばかりの毎日に飽き飽きしていた私には、水溜が映し出す空がとても美しく見えた。水溜の中の世界はさぞかし素敵なものなのだろうとも思えた。
何を血迷ったか、暑さで如何にかなってしまったのだろうか、私は足元にあった水溜に意味も無く足を入れた。
先週買ったばかりのパンプスが、じわりじわりと汚れた水で濡れて行く。こんな事しなきゃよかった、と後悔した瞬間に、
「…え、」
私は水溜に沈んでいった。あんなに浅かった水溜が突然に海のように深くなり、足を取られたのだった。自然のままに身を任せた。水の中の筈なのに不思議と息は苦しくなかった。