医者は,その肉感豊かな足を組み替えて,白衣の胸ポケット煙草を取り出した.
「未来を変える術なら,いくらでもあるさ.それでも,人の性質というのは変わらない.君の幾千幾万の未来は,いずれも深い痛みを伴うものだ.あるいは,そう感じるもの.他人から見ればいささか神経質で,人を気にしすぎるくらいだろう」
母親は,意を決したように言った.
「...それでも,その痛みを軽減してあげたい.それはこの子の母親としての意思です」
その願いを聞いて,医者はたっぷりと一服してから,鷹の眼光で俺を見据えた.
「わたくしとしては,いい加減,君自身のの意見を聞きたいものだ.それとも君の口は,愛想笑いを浮かべるためのものか」
「ミエテル,ノ?」驚きのあまり実に一週間ぶりに,両親以外と会話した.案外,苦痛ではなかった.
「ああ,君が血だらけになっても笑って見せる未来が見えているよ」
彼女が大真面目に言うものだから,自分を揶揄しているのだと気づくのに遅れた.
「バカにスルなっ」
「バカにしてないさ.そういう不器用な生き方をしていたやつなら,幾人も知っている」
「このっ...」
言葉を発しようと空気を吸い込むが,歯の隙間からすーすーと漏れ出るばかりで何も出てこなかった.
医者は白い煙を,ゆっくりと吐いた.
「今はもう全員,焼かれてしまったがね.君を見ていると,彼らを思い出すんだ」
「今の俺は誰にもミエテないっ!もう二度と見せないっ!」
「そうして,心に秘めたものを信じ疑わない姿勢は,まさしく起源を発症させたもののソレだ.だから,自分の肉体と精神に過剰な負荷をかけてしまう」
医者は,胸ポケットから,一枚の名刺を取り出した.