両親の話に吐き気を催した俺は,自分の部屋の扉に掛けられた木片を『不在』を表にしたまま,扉を閉めた.
窓もなく,寝るためだけの部屋.小学校にはじめて入学した際に特別に与えられたそれは,身体が大きくなるたびに窮屈になった.
今となっては俺一人がいるだけで,空間の大半を満たしてしまう.
だけど,ここは俺にとっての聖地だった.
かつて透明化は.ここに一人でいるときは解けていた.だけど,あるとき母親がノックをせず,覗いていることに気づいたとき,透明化は解けなくなった.
そのときの母親は,俺の姿を見たかったらしい.それを責める気は微塵もなくて,むしろそんなことをさせてしまった自分がいやになる.
想いとは裏腹に,透明化はどんどん強まっている.
透明化になっている期間は今日で一週間を超えた.
透明化の範囲にしても,最初は自分の頭,次に身体全体と着々と広げ,今では着ている服,靴にも作用するようになった.
透明化が強力になるたびに自分の存在が,希薄になっていくのを感じる.どんどん忘れられていく.
学校には当然行っていないし,外出するのも親は良い顔はしない.
透明化の弊害として,どんな危険が待っているか分からないからだと言う.
でも,今考えるとそれは違うかもしれない.
息子が透明人間という化け物になった.例え現実離れしていようと,悪い噂が立つ可能性のある火種を両親は揉みつぶそうとしたのではないか.
不安と疑惑の螺旋は,永遠に続くようだった.俺は,それを打ち払うように髪をかきむしった.
「親は悪くない.悪いのは俺.なにかと理由をつけて,今の状況を親のせいにしている俺だ」
復唱し,慟哭し,あるはずの腕で床を殴りつける.
床にじんわりと血が浮かんできた.とても自分から出たものだとは思えなかった.
消したい.
消したい.
けがらわしい,生きた証のすべてを消したい.