T-2
ふと目を覚ました。扉をノックする音が聞こえてきたからだ。鋭く、コンコンコンと3回鳴る。この家にインターホンはある。俺はゆらりと立ち上がった。まだ少し睡魔のいた余韻があって、ぎぎと四本足の椅子がフローリングと擦れて唸った音でバランスをとる部分がやっと正常になった。首をくるりと一回回しながらドアへ向かう、がちゃ、とドアの鍵を外した。ドアノブを回して引こうと左手を添えた途端、ばーんと開き戸が開いた。
「ねえねえノトセ!」
爛々と目を光らせた少女が案の定そこに居た。ドアをノックするのはこの少女だけ。インターホンに手が届かなかったから、ノックして俺を呼ぶ。「届かなかった」と過去形にしているのは、最初に来たときには届かないくらいの背丈だったからだ。今はもう、俺と同じぐらいまで成長した。だから彼女は今は10代前半頃の年だろう。彼女がいる世界と俺のいる世界は時間の進む速さが違う。向こうの方が速く日常が過ぎる。昔は――此処を最初に尋ねて来た時は小学校低学年位で妹のようだったのに、この頃会うとなんだか生意気になったらしい。
「何だよ今日は」
溜息交じりに答えると、少女は少し癖のついた長い金髪をそよ風に吹かせながら笑った。
「とにかく中入れてよ」
「押しかけてきて図々しい」
「おっじゃまっしまーす」
つかつかと彼女は入り込んできた。長い溜息を俺は吐く。多分俺が感じている気苦労の大方はこいつの所為だ。前までは大人しかったし此処にくる頻度も高くはなかった。来たら少々お喋りをしてお互い気持ちよく一時を終えていたのだけれど、この頃はこの少女と会うと思わず苦笑いが漏れる。
気苦労の種である彼女は接客用の丸いテーブルへ向かい其処を占領すると、片付け忘れていたティーセットをかちゃかちゃと漁りだした。俺はもうどうにでもなれと思った。ドア付近でぶすっと突っ立ったまま。この部屋は小さいからそんなに距離は開いていないし会話は交わせる。少女はくるりと此方を振り返るとこう尋ねた。
「今日は紅茶用意してないのかしら」
「いつもしてない」
半分嘘。
「あらそうだっけ?」
彼女は小首を傾げた。俺は額に手を当てる。
「偶には自分で淹れてみたらどう」
「わたし珈琲派なのよね」
肩を竦めて見せた少女にややいらついた。少女のハートマークは淡い桃色に染まっていたから余計にいらつきが増す。彼女に見えたなら、の話だがきっと俺は赤いハートマークだろう。淡い桃色は安らぎ、赤は怒り。
「生憎珈琲の類は此処には無い」
「じゃあノトセが紅茶を淹れるってことで決定」
意地悪く、楽しそうに笑った彼女。俺は歯軋りしながら、台所へと向かった。ふふふという笑い声が後ろから聞こえてきて、ぎゅっと強く瞼を閉じた。