天命とういのは、生きていた頃の母から聞いた言葉である。周囲のあらゆるものに興味が湧き始めた年頃の白淵にとって、その話はとても新鮮なものだった。
「私達の生命は、全てが神様達によって決められているという考えがあるの。これを天命というのよ」
母は言った。
「決まっている?」
「そうよ」
「そんなの嫌だ。淵は自由に生きたいです、母さん」
その時は小さいなりに、白淵はなんだか大きな理不尽を感じた気がしたのだ。強く首を振ると、ふふふと母が笑う声がする。
「そうね。母さんも嫌よ、淵。母さんや淵、生き物達が生きていることが誰かから決められているなんて、絶対に嫌。だからね、母さんこの言葉が嫌いなの」
母は白淵に悪戯っぽい笑顔を向けた。
その話はそこで終わってしまったのだが、数日後にこんな出来事があった。
当時の白淵、父と母の三人家族は、山の中の粗末な家に暮らしていた。一番近い町まで歩いて二刻はかかったものだ。畑を耕して作物を育てる毎日で、時々町に下りてそれらを売る。だが役所に税は納めていた。決して楽な生活ではなく、天候が悪い日が続いたりすると二、三日連続で水しか口に出来ないこともある。何故こんな山中に住むのか白淵は知らなかった。生まれた時からその暮らしだったからである。
父母が居たので悲しくはなかったが、遊ぶ仲間がおらず、白淵は寂しかった。
だからその鯉は、白淵にとって友だちのようなものだったのだ。父がある日、魚を釣りに行った帰りに持って帰って来た一匹の鯉。大きな桶の中で泳ぐ鯉を一目見るなり、すっかり気に入って、飼ってもいいかと父にせがんだ。
生き物を飼うからには大切にしろ。
父はただそう言った。
その日以来、畑仕事などを手伝う合間に鯉を眺めるのが日課になった。自分の食べ物を少し残して餌とする。口をぱくぱくと開けて鯉は食べた。指を入れると恐る恐るつついてくる。その感じが白淵はとても好きだった。