彼女は、城の一角に位置する白いバルコニーから顔を覗かせた。
ここから見える景色は、幾年立っても本当に変わらない。見上げれば、漆黒色に塗り潰された夜空にくっきりと彫られたような月が浮かんでいる。
幼い頃から月を眺めることが何より好きだった。成長しても、それは変わっていない。
変わったことと言えば持っているものが、金髪のフレードル人形からワインが注がれたグラスに変わったことぐらいだろう。
彼女はグラスを唇に近付けた。
芳醇な果実の香りが鼻孔をくすぐる。ワインはその色も香りも、月によく合う。
紅い色のワインを喉に追いやり、一度だけ大きく息を吐く。
まるで黄金のように威風堂々と輝く月。
その下に広がる大地には、ここレスタルト地方にしか華を開かないという薄い桃色の華が咲き乱れている。
少しだけ冷たい風が流れ、美しい金髪を嫉妬するように揺らした。
彼女はゆっくりとバルコニーを後にする。擦れた絹のドレスが小さく音を立てる。
ギイイ…と軋む扉を開くと、そこには一人の老紳士が立っていた。