「ここにおられましたか、ジュリエット様」
その老紳士は優しく微笑み、琥珀色の瞳を細めた。
きっちりと着こなされたスーツに朱色のネクタイを結び、右腕に緑色の勲章を付けている。
「やはり、月を見ておられましたね。ああ、今宵は満月でしたか…」
老紳士も月を見上げる。瞳にうっすらと金色が混じる。
ジュリエットと呼ばれた少女は、安心したように目を伏せた。
「皮肉なものだわ。目に映る月は輝きを失っていないのに、そこから降り注ぐ魔力だけが減少して
いるなんて。やはり超現象の威力は月までもを食い潰してしまったのね」
「先代の女王様も、国王陛下と共に月を眺めるのがお好きなようでした。特に、紅月と蒼月の日には必ず宴を開いておりましたよ。私がまだ召使いだった頃の話ですが…」
紅月と蒼月というのは、月に何度か見られる現象のことだ。
瞬く星の欠片が超現象によって月に寄せられることで発生し、色が変化する。
その時の色が血のように赤いときを「紅月」海のように青いときを「蒼月」という。
紅月が空に浮かんだときは、女性を敬う日。蒼月が浮かんだときは男性を敬う日だとされている。
「…お母様とお父様は、一度だけ紫月を見たことがあると仰っていたわ。ルトー、貴方は紫月を見たことがある?」
ジュリエットは老紳士に尋ねる。