「そういえば今彼女いたよね? プロポーズした?」
淀んだ空気を浄化すべく、私は彼に冗談を交えて別の話題を振った。
「アホか。もう別れたよ」
「えぇ……何でよ? 前写真見せてくれたじゃん、すっごい可愛い子だったのに」
「他に好きな奴ができたから」
「うわぁ」
元カノが4人に増えた。思い返せば彼はいつも「他に好きな奴ができたから」という理由で連れを振っている。その度に私は「またか」と突っ込むのだが、今日は何だかそんな気分にもなれないので、別の突っ込みを考えた。
「あんたの本当に好きな人って一体誰なのよ」
「そうだな……色が白くて、生意気で、すぐ体調崩す奴」
「うわ、面倒くさそう」
いわゆる「メンヘラ女」だろうか。SNSに多くいるとはよく聞くが。そんな面倒な女がこいつは好みなのか。──私ではないのか、と少し落胆した。
「だろ? お前だよ」
「は?」
今度は私がすっとんきょうな声を上げた。私はメンヘラ女に成り上がった記憶はない。なろうと思ったこともないのだが……。
「あと古典ばっかり読んでる」
「ちょっと!」
「なんてな。こうでもしないと、言い出せなかったんだ」
彼は申し訳なさそうに頭を垂れた。それから「さっき『死ぬ』なんて言うから、もう今しか言うチャンスないんだなって思って……でも、俺、なかなか言い出せなくて。結局お前のこと悪く言ったようになっちまった。ごめん」と続けた。
「いや……いいよ。ありがとう」
「何が?」
今なら何でも言える気がして、私はそっと彼の手を握った。皮が厚くて、意外としっかりしている。そういえばこいつは卓球部だったっけ。
「私、死ぬ前にね……彼氏の一人や二人、連れてみたかったの」
「へ……へぇ」
状況が理解できない、というような彼の顔。写真に撮ってやりたいくらいだ。
「そういうわけだからちょっと付いて来てよ、そこの自販機まで」
私は体を起こし、スリッパを履いて立ち上がった。多少ふらつくが、今はそんなことを気にしてはいられない。
「動いていいのか? ここにいた方がいいんじゃ……」
私を止めようとする彼の腕を引いて、私は強引に病室を出た。そして、私が出せる最大限の可愛さを込めて、
「短い命なんだから、少しくらい甘酸っぱい思い出作らせてよ」
と、言ってやった。これが初めてのデート。ものの5分で終わった。