ミイケではなく御池だったころの話だ。
御池は何も知らなかった。
――強者と弱者は既に決められていると。
――下剋上の成功例なぞない世界であると。
抗えばいつか必ず報われると信じていた。
御池を引っ張ってくれた優しい(今思うと憧れていた)あの子に近づけていると確信していた。あの頃の私より強くなった、だというのに。
*
「お前、もしかしてバカ?」
開口一番にバカときた。なんて失礼な男なのだろう。確かに私はこの失礼男がいなければ庇った子供諸とも無傷ではすまなかっだろう。
弱いくせにお前から手を出すこともないだろ。暗にそう言っていることが読み取れる。
「……そんなことはない。ただ、私は私が正しいと感じたことをする。それが私の正義なだけ」
「あっそ。てっきり弱いくせにでしゃばる迷惑な感謝されることが生き甲斐な女かと思ったよ」
「弱いくせに…? 私は強い! 今は本調子じゃないだけ」
言い方が悪いだけで正論なことは知っているが、ミイケは噛みつかずにいられなかった。
「へぇー、言うじゃないか。俺がいなくても勝てた、と」
「そ、そう! 私が本調子になればあの程度ちょちょいのちょい、よ!」
あー、と何か言いたげな表情で空を仰ぐ男にミイケは何?と睨む。
「お前さ、嘘下手すぎ。お前自身の理想の正義振りかざすのはお前の勝手だけど、そこのガキすら守れないで何が私の正義だなんて言えるの?」
「っ……! 違う! 私は強くなった! 見ず知らずの他人のアンタに分かるものか!」
ミイケの言うことが正しいならば、《見ず知らずの他人に助けられたミイケは強い》と言えるのか。墓穴を掘りまくる光景は滑稽だ。
ミイケは知らずに次々と堀り続けるが男は真剣な面持ちで呟いた。
「『見ず知らず他人のアンタに分かるものか』……それがお前の本音。お前は他人に認められたいお嬢ちゃん(だだっ子)でしかない。
自分の本音すら知らないでよく正義のヒーローなんて真似ができたもんだ」
「っ〜〜〜〜〜! アンタ名前は?! 悔しいから覚えておくわ」
正論言われて怒るなんて三流のすること――と前世の御池は笑っていたが、いざグサグサと遠慮のない物言いで正論を言われるとかなり頭にくる。「はあ、俺は別に名前なんて覚えてもらわなくてもいいんだが、レインとでもなんでも好きに呼べばいい」
「私はミイケ。アンタのだけ聞くのはフェアじゃない気がしたし、お礼はしっかりするから覚えておいて」
踵を返すと「お前またここにくんの?」と呑気な声が聞こえた。
「……気が向けば(仮を返したいのとお礼参りしたいが本音だけど)」とかえすのが精一杯だった。