色彩のパラドックス

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3:嘉多 めろ:2019/01/04(金) 22:35

《第二滴目》

「随分、遅かったじゃないか。勤勉な隆平くんが珍しいな?」
吾月礼司(ワガツキ レイジ)78歳。隆平の師匠であり彼も有名な油絵を描く画家である。
その繊細かつ、記憶に残る独特なタッチは大勢の人間の心を掴み、10年前に画家を辞めた今でも
熱烈なファンがいる程だ。
「すいません、吾月先生…して今回は一体どのようなご用件で?」
「あぁ…大したことじゃあないんだが…隆平くん。最近あまり筆が進んでないと聞いたが…」
一体、何処からの情報だろうか…最近はアトリエに篭りがちだった誰とも会っていない隆平は不思議に思った。
吾月礼司は時々、隆平の心を見透かしたように澄んだ目で彼に問うて来る時がある。
隆平はそんな師を時々恐ろしく思う時が何度かあった。自分の全てを見透かされているような気して…

「まぁ、別に気を病む事は無い。スランプは誰にでもどんな職業にでもある。それを克服するのが
一つの試練…それを乗り越えて人間は一つ強くなると思っている…持論だがね」
「あ…あの先生!僕はスランプとかでは無く…本当に何も無い状態になってしまったんです…!」

隆平は必死に師に訴えた。スランプは一時的な物だ。何時かは終わりが来る。だが今の隆平の状態は
思いっきり絞った雑巾のように、水が一滴も出ない…アイデアが湧かない…そんな状況になってしまったのだ。
天才の彼だからこそ分かる自分の限界…もう今までのように沢山の作品を描く事は出来ないだろう。

「なるほど……それでもう絵を描くのは辞めるのか?」
「はい…この後、一作だけ描いてそれでもう終わりにしようと思っています…」
吾月礼司もまた天才だ。弟子の言っている事とその決意の固さを理解したのだろう。
「わかった。無理に止める事はしない。しかし、これだけは約束しなさい。ちゃんと後一作描きあげる事。分かったね?」
「分かりました!」
隆平は意気込み、ほんの少しだけまた昔の気力が戻って来たような気がした。師の言葉のおかげだろうか。
何だかんだ言って師は自分の事を考えてくれている…!と思い、早速次作に取り掛かろうと師の部屋を立ち去ろうとした時…

「あぁ…隆平くん、大事な事をいい忘れていたよ」
「何ですか?」
「部屋の掃除を手伝ってくれないかい?」
「…………」

前言撤回。やはりこの人は吾月礼司だ。


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