「君に一ヶ月の停学を命じる。金刺《かんざし》鍵久《かぎひさ》君」
ジャムたっぷり塗りたくったトーストを、新品の白いカーペットの上に落としたような絶望感。
背中を丸めてパイプ椅子に縮こまる俺を、2人の中年教師と親父が見下ろす。
隣で座っている親父の顔は険しく、目も合わせてくれない。
「まさか、君のような優秀な生徒が援助交際するとはねぇ」
「どういうつもりだ、鍵久《かぎひさ》。小遣いだって十分すぎるほどやっただろう」
「だから! 援交なんかしてない!」
「でもね、証拠はあるんだよ」
目の前に掲げられたのは、小太り気味のサラリーマンらしき男と一緒にいかがわしいホテルへ足を踏み入れる俺の写真。
恐らく俺を首席から蹴落とそうとしてるやつらが作った合成だろう。
そんなクソみたいな合成写真を信じた、教頭と生活指導の先生。
「その画像も絶対合成です! そもそも俺、男だし……」
「稀に男子高生を狙う男もいる。君は随分と華奢だし、顔立ちをも幼い。"そういう男"を唆《そそのか》せるのも容易いだろう?」
「はゐ?」
思わず声が裏返る。
真冬に似つかわしくないような大量の手汗を、カーディガンの袖で拭った。
童顔だとか、女みたいだとか言われるようなこの顔も、細いねって女子から羨ましがられるようなこの体も、嫌いではあったが――こんなに呪ったのは、今日が初めてだ。
「君も知っての通り、うちは全国屈指の名門男子校。そんな学校に援助交際をしていた生徒がいるなんて明るみに出られちゃ、困るんだよね」
「だからその写真は合成で、もっとよく調べれば……!」
「言い訳はいいから、ね?」
教頭はまるで、それ以上の詮索を許さないような壁を張って、ぴしゃりと言い放った。
これ以上踏み込まれたくない"何か"がある。
俺は察した。
――寄付金だ。
私立校に寄付金は付き物。
名門男子校と言われるほどの進学校になれば、政治家の息子や大企業の御曹司もいる。
一弁護士の息子じゃ到底叶わないようなボンボン。
前々から首席の座を狙うやつらが俺に対して嫌がらせをしているのにお咎めが無かったのは、莫大な寄付金が背景にあったからだと今頃俺は気づいた。
今回の件も恐らく、寄付金の太い生徒が仕組んだのを黙認しているか、賄賂の力で揉み消しているか。
そんなのは別に――どっちだっていい。
「先生、大変申し訳ございませんでした。以後しっかりと言いつけますので……」
恐らく、無駄に頭の切れる父もそれを察して、何を言っても無駄だと分かって平謝りしている。
今まで見抜けなかった愚か者は俺だ、俺だけだ。
この場で俺だけが気づいていなかった。
「くそ……っ」
悔しさのあまり、拳を太ももを打ち付ける。
ギシッとパイプ椅子が軋んだ。
名門私立の進学校の教師が、寄付金欲しさに冤罪を産む。
一番信じるべき両親も、荒波を立てたくないがために抵抗しない。
聞いて、呆れる。
俺はこんな学校に金を払ってまで学ぶことがあるか。
こんな親に頼ってまで生きる命か。
「援助交際なんてする子に育てた覚えは無い。親不孝者! センター試験も間近だっていうのに。勘当したいくらいだよ、全く……」
「なんだよそれ……!」
父はブランド物のネクタイを整え直すと、面倒くさそうに言った。
親父《こいつ》は絶対、"分かって"言ってる。
俺が冤罪だって"分かった"上で言ってやがるんだ。
荒稼ぎする弁護士のくせにチンケな合成写真の証明ですらできない、自分に不利なことなら息子だって助けない。
そうだ親父はそういうやつだった、なにを期待していたんだ俺は。
「とにかく、金刺《かんざし》君には一ヶ月の停学を命じ……」
「――てやる……」
激情が、止まらない。
急激に沸騰して吹きこぼれるように、激情を抑えるフタが外れた。
俺は四人をキツく睨みつけると、パイプ椅子を蹴り、噛み付くように言い放つ。
「こんなクソ教師がいる学校なんか、退学してやる! こんな……っ、こんなクソ親父がいる家なんかこっちから願い下げだ! 家出してやる!」
――18の1月、センター試験目前。
俺は名門私立高を退学して家出した。