「とう、ま...?」
少女は少年を見上げ、その名を呟いてみる。
その瞳には、驚きと恐怖が揺らめいていた。
少年はそのまま黙ってしまった少女を一瞬見つめ、またにこりと笑って問いかけた。
「君は、なんて名前?」
「名前...?」
斗真がフォローのつもりで言った一言は、動揺する少女をさらに困惑させることになってしまった。
少女には名前が無い。元々はあったのだが、祠に引きこもっているうちに忘れてしまったのだ。
「名前、は、無いの」
たどたどしい口調で答える。
「(不思議な顔されるんだろうなぁ...。名前なんて誰でもあるんだから)」
沈黙に耐え切れなくなり、俯く。すると、帰って来たのは予想外の答えだった。
「じゃあ...僕が付けてあげようか?」
「え?」
開いた口が塞がらない、とはこのことなのだろう。
普通なら、「何故ここにいるのか」「親はいないのか」などのような質問をするだろう。
「あなた...私に対して何も思わないの?」
「え?う〜ん、疑問はたくさんあるけど...
前にね、『泣いている人がいたら慰めてあげなさい』って言われたんだ」
そう言って、斗真はにこりと笑う。
何の濁りもない、ただただ純粋な笑顔。
その表情に、少女は思わず惚けてしまう。
「...じゃあ、あなたは私に名前をつけてくれるの?」
「うん、もちろん」
少し考えて斗真は真っ直ぐ少女を見つめ、こう言った。
「『セイラ』ってどうかな?」
「...セイラ」
「特に理由があるわけでもないけど...可愛い名前だと思わない?」
「ないのね...でも、その名前結構好きかも」
苦笑いしながらも、少女は嬉しそうに笑った。
その表情を見た斗真は一瞬ぽかんとした後、さっきより何倍も眩しい笑顔で言った。
「良かった。これからよろしくね、セイラ」