苗字は今江、名は冠斗。
イマヌエル・カントのような名を冠してるが陣内孝則と陣内智則が全く関係がないのと同じように、イマヌエル・カントと今江冠斗も全く関係がない。
ホームルームが終わり、部活に行く者、掃除当番をサボって逃げる者、自習室や図書室へ向かう者、そして俺のように帰宅する者。
そのどれにも属さない数人の女子生徒が、だらだらとタピオカいちごミルクティーをすすりながら不平不満を漏らしていた。
「そんでさぁ、今指名手配中なんだって〜」
「こわ! うちの高校の近くじゃん」
「イケメンなのにねぇ」
「うちの近くも警察がめっちゃいてさ、邪魔だし」
つい三日前、有名なIT企業の代表取締役社長が連続殺人犯として指名手配された。
興味が無いので名前や顔は覚えていないが、有名企業の社長、そしてかなりの美形ということもあって、アホーニュースのトップ記事やTmitterのトレンドに躍り出たりと話題を呼んでいる。
俺の住む街も捜索強化範囲内に入っており、登下校中にパトカーや警官を5分おきに見る。
どこかで殺人と遭遇しないかな、なんて呑気に思えてしまうのも、俺の人生が平坦すぎて、そんなドラマみたいなことあるわけないと諦めているからだ。
俺が映画の主人公だったら、殺人鬼を匿って共に逃避行し、苦難を乗り越え、友情が芽ばえる──なんてことがあったかもしれない。
けど俺は結局背景に紛れたただのモブで、普段通りの生活を続けるだけだ。