「ただいま〜」
ダークグレーのスーツジャケットを脱いでハンガーにかけると、鎧を脱いだように一気に肩の力が抜ける。
匂い釣られてリビングへ向かうと、エプロンを纏った彼氏が忙しそうに配膳していた。
ゴロゴロと大ぶりに切られた野菜が浮かぶ豚汁に、骨まで柔らかくなる程くたくたに煮込まれた鰯の甘露煮。
まだ柔らかな湯気が微かに立ち上っていて、温かい。
取引先や上司のセクハラ、後輩の嫌味、しつこいクレーマーの攻撃で参っていた私を癒してくれる──。
「お仕事お疲れ様!ビール買っておいたよ〜」
「いつもありがとう、大我《たいが》君」
パチンコ・スロットの経営をする会社に務めて早5年。
自分で言うのもなんだが、三十路前に課長のポストにまで上り詰めたやり手のOLだ。
しかし仕事以外の事はからっきしで生活能力が低く(3日でゴミ屋敷)、見かねた大我君が同棲を申し出てくれたのがきっかけで、現在は生活を共にしている。
「俺が誕生日にあげた簪(かんざし)、使ってくれてるんだね」
不意に大我君が、ご飯を咀嚼しながら優しい声で言った。
優しげな眼差しの先は、私のうなじで揺れる小さな桜のガラス細工。
「シンプルだから使いやすいし、夏場は助かってるよ。そういえば明日は大我君の誕生日だったじゃん!? 明日も仕事早めに切り上げるから、一緒にお祝いしようよ!」
「ありがとう、すげぇ楽しみ!」
大我君の無邪気な笑顔を、ずっと隣で見られればいいと思っていた。