──夜が明けて。
〜♪
設定しておいたスマホのアラーム曲のモーツァルトが、覚醒しきれていない耳にうるさい。
気だるさを残しつつスマホを操作して起床すると、ふと大きな虚無感に包まれた。
「大我君……?」
いつもなら私より遅く出勤するためギリギリまで隣で寝ているはずの大我君がいなかった。
パジャマと布団はは綺麗に畳まれ、シワの寄ったシーツはもう冷たい。
それだけじゃない。
部屋全体もなんだか綺麗に片付いていて──。
「こんな朝早くに用事……?」
少し寂しさを抱くものの、出勤を控えた私もゆっくりとしていられなかったので、着替ようとクローゼットに手をかけた時だった。
インターホンが鳴ったかと思うと、聞き覚えのない男性の声がドア越しに響く。
「志賀葉美渦(しがは みうず)さん、いらっしゃいますか?」
「は、はい!」
いきなりフルネームを呼ばれ、慌てて寝巻きにカーディガンを羽織り、ドアスコープも確認せずに反射的に玄関へ出てしまった。
──いかついおじさんがたっているとも知らずに。
「えっと……?」
勝手に1人だと思い込んでいた私は、玄関を取り囲む黒いスーツを纏った5人の男にたじろいだ。
アニメやドラマに出てくる、いわゆる黒服。
金持ちがSPに雇ってそうな、某逃走番組のハンターのような、そんな人達って実際にいるんだ、と回らない頭で思う。
「志賀葉美渦様でいらっしゃいますよね?」
「えぇ……そうですけ、ど……?」
威圧感に抗えず、失礼だと思いつつも後ずさりしてしまう。
黒服の一人がそれを詰めるようにして、やおら歩み寄る。
「桜瀬(さくらせ)金融の者です。宮内大我様の借金5000万の担保として、あなたの回収に参りました」
「……ヱァ?」
カーディガンを抑えていた手を思わず下ろしてしまい、Tシャツにプリントされた『夜は焼肉っしょ!』という力強い筆文字で描かれた柄がご開帳したが、黒服のおじさんはそれに笑うことなく、顔色一つ変えずに淡々と続けた。
「桜瀬金融に5000万円を昨日までに返済とのことで契約致しておりました。支払い期限を過ぎた為、担保として志賀葉様、貴方の身柄を拘束させて頂きます」
目の高さにに掲げられた借用書には、確かにゼロが7つ。
宮内大我という滲んだ走り書きのサインもある。
「ごっ、ごせんま……んっ!? ちょっと待って、そんな……そんな、ありえない! 大我君がそんな……っ」
黒服の男から借用書をひったくるように奪って目を通すと、赤字で書かれた一文の下に身に覚えのない拇印が押されていた。
──志賀葉 美渦は借金が期日までに返済できない場合、担保として桜瀬金融に身柄を引き渡すことを承諾する。
見覚えのある筆跡──。
少し右上がりで丸みを帯びている特徴的な筆跡に、目頭が熱くなった。
信じたくない、でもこのタイミングで消えた彼を信じられるど、私は馬鹿じゃなかった。
寝ている隙にでも拇印を押したのだろう。
同棲していれば、チャンスはいくらでもある──。
部屋が綺麗に片付いていたのも、大我君が私物を持って夜逃げしたからに違いない。
「え、あの、身柄を引き渡すって一体どういう……」
「ちょっとした労働です。少し手荒な真似にはなりますが──」
「な、えっ、なに!?」
突如両脇が動かなくなったかと思うと黒服の男達に拘束されていて、すっと口にハンカチが当てられる。
ツンと鼻を刺すような刺激臭がして、吸い込まないよう息を止めるも限界は早かった。
どっと瞼が重くなり、私はそのまま意識を手放した