「色々あるんです。宗派とか、他国介入とか。イランだと民族も違いますし、宗教も多様です」
アラヴィーさんは一語一語を噛みしめるように言った。これだけのことを落ち着いて言うことすら、彼には辛い事なのだろう。だが私としても折角あったのだから、少しくらいは踏み込んだ話がしたかった。ただ、今の彼の表情を見ると、とても口に出せない。すると、アラヴィーさんはまた気を利かせてくれたのか、
「大丈夫ですよ。石油の出る魔法のツボとしか思われないよりは、興味を持っていただく方が気持ち良いですから」
と言って彼はまた微笑んだ。ちょっと毒が入っていたがやはり彼の語り口は優しい。これで私も踏ん切りがついた。
「今のイランは自由じゃないんですよね。昔の皇帝がいた時の方が自由で良かったと思いますか?」
と少々新聞記者のようなことを聞いてしまった。こんな発言、場所が場所なら私の命はないだろう。すると彼は、
「皇帝の時代は日本より自由でした」
と言って、一息ついた。私は思わず「えっ?」と言ってしまった。しかもやや強めの語調で。今回ばかりは彼の発言に違和感しか感じなかった。しかし、それは私の早とちりに過ぎなかった。彼は間をおいて、
「強盗も放火も殺人も好き放題できましたから。苦しかったらしいですよ」
ひどい冗談だ。彼には悪いがイギリス人でもこんなジョークは言わない。しかし、これが彼の率直な感想なのだろう。そして彼はこう続けた。
「今は不自由でも治安はマシです」
言い終わると表情を崩して、
「ここほどじゃないですけどね」
と言って笑った。
それからというものは、踏み込んだ話は無しにして、日常的な話題のみを交わした。会話は終始和やかなムードに包まれて終わった。私は、満ち足りた気分でその店を後にした。