貴女に沈丁花を

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213:水色◆Ec/.87s:2023/01/31(火) 20:22

このような展開、予測できる筈がない。
……突然の出来事に場が硬直する中、真っ先に動いたのは────
「やっ!」
オレンジベル。
彼女は咄嗟に指先を小さな刃に変化させ、アレクの剣を弾くべく、飛んだ。……今さっき治療されたばかりの病み上がりであると言うのに。
「なっ!?」
だが効果はあった。奇襲を察知できなかったアレクは剣こそ取り落とさなかったものの、大きく弾かれて仰け反ってしまう。
その隙に、
「起きて!」
性別相応に尻餅をついてしまったシルバーベルを助け起こし、頬を軽くぴしゃりと叩く。
……そのお陰で、直後に体勢を立て直したアレクによる攻撃が、銀の盾で防がれた。


「な……」
片手でスミレを後ろに庇いつつ、半ば叫ぶようにしてネアは尋ねる。
「なんで私たちに……!?」
「簡単な話だ!分からないのか!お前らが魔王の手先だと……今ので知れた!もう隠しても無駄だ!」
話が通じないな、とネアは直感する。
……無論、彼女らは魔王の手先ではない。アクアベルやコズミックも、魔王等では断じてない。
目の前の青年は洗脳されているのかもしれない、と思いつつ……彼女は読心魔法の準備に入った。
その間にも、
「ええい鬱陶しい……くらえぇっ!!」
裂帛の気合と共に剣が振り下ろされる。
対峙していた2人は反射的に身を引く。……その眼前では、剣が火花を散らして銀の盾と激突し、後者が石で出来ている筈の床にめり込んだ。
アレクはどちらかと言うと細身である。使っている剣も、長剣ではあろうが大剣とはいえない。恐ろしきは勇者の力である。


「……えいっ!」
────その時だった。ネアが後ろから、アレクの顔面に向けて椅子を投げた。
何の変哲もない、ただの木材でできた、やや古ぼけた椅子である。目標を達成する遥か前に、正確無比な剣撃で叩き落とせれるのはむしろ当然のことであった。
……しかし、隙が生まれた。4人にとってはそれで十分だった。
「アレク!どこをどう曲解したかは分からないけどー……私たちは魔王の敵だよ!魔王は私たちの敵だよ!!」
ネアが代表でそんな事を言って、すぐ横の大窓から外に飛び出していく。……逃げるのである。




「……逃がした……くそ、あの魔法使いめ……!」
「……」
アレクの悲憤にペレアが気の毒そうな表情で応える。2人は出来うる限りあの4人を追ったが、ついには見失ってしまったのであった。
「あいつらドラム公爵領にも行ったとか言ってたな······あぁ、このままあそこも機械に占拠されるのか······」
彼の嘆きは絶えない。先程の諸々も演技ではなく、どうやら本気のようであった。
「······その事だけど······あの様子からして、魔王の配下って決めつけるのは早いと思う······」
ペレアは控えめに反駁を試みた。先程の乱闘で欠片も動いていないだけに、少々遅すぎる介入である。
「······いや······だが······」
それでも剽悍なる勇者の進路を迷わせる程度の効果はあったらしい。首を勢いよく振ろうとした、······その速度を少しだけ緩めさせたのである。
「······ともかく、明日はもう一度レジスタンス地区を訪れる。あいつらの爪痕······今日は気付かなかったが、探せば出てくる筈だからな······」
憎しみは深い。それも、多少なりとも信頼関係を築きつつあった間柄が変化した物なのである。反動は重かった。
ペレアはそれを聞いて、意味ありげに片目を閉じた。再び両目を開き、「それならそれで」と勇者の考えに従う旨を述べる。
今日はこれ以上進まないようである。彼女が今日の終着点はここだということを、欠伸と伸びで示したからであった。

······夜は次第に深まっていく。


水色◆Ec/.87s:2023/03/13(月) 01:08 [返信]



蒼の城。······の、跡地。
心なしか、スミレ達が来た時より足場が狭くなっている。────たった半日のうちに。とはいえアクアベル1人ではまだまだ持て余しそうな程である。そんな歪な円形をした足場の端の方に、瓦礫を椅子にして、アクアベルは座っていた。
手にはいつもの杖。嵌められている碧色の鈴が、宵闇の中で微かに音を奏でている。
────彼女の目は閉じられている。だから海を見ているのか、それとも別の何かを何処か見ているのかは分からない。そもそも何も見ていないのかもしれない。無限に続く、暗闇以外は。


「······無限だった方が良かったかもね」
アクアベルが立ち上がる。その時杖が瓦礫の一つに当たり、微かな不協和音を奏でた。
「······その方が、諦めもつくから」
それでも、独語は止まらない。
全てを諦めたかのような静かな声調からは、表面上は何も感じられない。しかし、裏を返せば虚無なのである。希望も絶望もない、平坦な────平淡な、未来が······彼女には見えるのだろう。
しかし彼女にはまだ仕事が残っている。それは、その未来を破壊するための芽を育むこと。即ち────
「あった!······蒼の城!」
「······っ!」
今朝語ったばかりの事を、こんな早いうちに実行してくれた、4人を迎え入れ────
「······来たね。待ちくたびれたよ······っ!」
────予め作っておいた然るべき手段で、反撃の狼煙を上げることである。




およそ1時間強かけて大陸から戻ってきた4人は、今や大量の機械兵に捕捉され、全力の逃走劇を繰り広げていた。アクアベルからしたら、もはや蒼の城が殲滅済みと看做されなくなるので文句の1つでも言っていいところだが、そんな場合では無い。
計画の第2段階の時点に至っては、実行されたら後は比較的どうにかなるのである。それこそ、この後アクアベルが捕まりでもしない限りは。
杖を床に打ち付け、4人を瞬時に足場へと転送する。ネアに抱えられていたスミレを除き全員が走っている姿勢のままだったので、転送した後にすごい音がしたが気にしない。
そして、猛スピードで迫ってくる機械兵を引き付け────下からの一撃を食らわせた。

「あれは······蒼の城の構造物······!?」
あんな使い方もできたのか、といち早く現状を把握したスミレが目を瞬かせる。
彼女の目には、およそ5cm程に分割された構造物が、物理法則を無視した速さで下から機械兵を襲い、その装甲を次々と打ち破っていく光景が映っていた。
無人の機械兵が辿る運命はバランスを崩したことにより海の底に沈むか、核を撃ち抜かれ動きを止めて海の底に沈むか、その2つに限定されていた。しかしごく一部ではあるが、中に人が入った機械兵もいる。遠目でも、そして薄暗い中でも、肉が裂け血が噴き出す様がぼんやりと目視できる。
4人はどうしても陰鬱にならざるを得なかった。


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