「後輩が入るから、気を引き締めていくぞ」
練習の前に3年のキャプテン、中津先輩がそう言った。中津先輩の名前は瑠璃といって、名前通り綺麗で整った顔立ちをしている。そのおかげで同学年の女の子に何度サインを頼まれたことか。アップシューズのマジックテーブルをきつく締め、ついでに、自分の心も引き締める。
とてもしんどかった冬の室内練習からは解放され、まだ少し土は湿っているが、春になってから何回目かのグラウンドでの部活だ。室内練習での体力作りにしっかりついていけないため、少しだけ胸をなで下ろしている自分がいた。
「よろしくお願いします!!!!」
アップに入ろうとしていると、バックネット裏の入口から、威勢のいい声が聞こえてきた。間もなく、1人、2人と同じような少し高めの声が続く。新1年生の仮入部のメンバーだと、すぐに察した。1年生はまだ身長が小さいように見えた。もしかしたら、全員自分よりも小さいかもしれない。
そう思った時、1人だけ、周りの1年生よりも身長の高い子がいた。野球部にしては髪の毛は少し長めで、スラッとした体型で少し伏せ目がちに、こちらをじっと見た……ような気がした。
どこかで見た事あるような。気のせいかな。
「じゃあ1年生は土手ランしてきて! 3年の先輩が誘導するから」
中津先輩が指示を出し、3年生が一人ついて1年生は土手ランに連れ出されて行ってしまった。土手ランニング、通称土手ランは往復4キロほどの道を走る、中学生にとっては少しきついメニューだった。2年と3年はそのままアップを続け、キャッチボールに移った。その時、グラウンドの後ろの道を誰かが走ってきた気配がした。
「…うそやろ……」
思わず小さな声で呟いていた。ボールを相手に投げ返さずに体育館の壁に設置されている大きな時計を仰いだ。1年生達が土手ランに出発してから、まだ15分も経っていなかった。先程見た背の高い1年生が土手ランから戻ってきたのだ。間もなく彼はグラウンドにまで到着し、汗を滴らせながら膝に手をつけ、肩で息をしていた。彼の体から発される熱が、自分にまで伝わってきそうな気さえした。
速すぎるだろ…。そう思いながら、私はそれを見ないふりをしてボールを投げ返した。どんな体力をしているのだろう。後輩といえど、少し恐怖を覚えた。こんな、人いるんだ……。
マジックテーブル→マジックテープ