呪
2: イチタとイノチ
「ちょっ」
しかし、逃すまいと少女は、その大人しげな見た目に反し、僕の口を食べるくらいの勢いで、小さな唇を目一杯開いて被せてくる。
なんなんだ。理解できない。この少女は、明らかにおかしい。記憶喪失に対し動揺のかけらもない。むしろ笑った。不気味だ。なんだ、これは。
「ぷはぁっ」
「っ、 はぁはぁ、………お、おい !!
…なんなんですか ッ! 」
動揺と沈黙。
さなか、
「 ぷっ
あははははは!」
「 はぁ? 」
「 ふふ、
『 なんなんですかっ! 』って、あははは!
真剣な顔でそんなこと言われたから笑っちゃったよ。今の行為はね。深いキスだよ 」
「 それは分かります。
僕が聞きたいのは、今の、その行為にいっ」
「キスね」
「 そのキ、キスに
一体なんの意味があるんですか 」
「 わたしとイチタくんは、
平気で裸を見せ合い、
キスをたくさんするくらいの仲だったんだ」
「 あ。それって、
僕はあなたの」
「 「 彼氏 」」
気づけば、死神に怯えていて、
気づけば、不気味な彼女らしき女がいて、
気づけば、何も思い出せない自分がいる。
なに?今どうなってるんだ。
現実味も実感もない。
「 …あぁ、と
あなたの名前は?」
「 わたしの名前はイノチだよ
きみの名前はもう分かってると思うけど
イチタという」
「 イノチさん」
「 うん? 」
「 僕、これから
どうしていけばいいと思いますか 」
「 うーん。
ふつうに学校行って、
ふつうにご飯食べて
ふつうに勉強して
ふつうにお風呂入って、
ふつうに寝る 」
「 ふつう… 」
「 うん。ふつうでいいんだよ。
特別なのは精神科医に通うことぐらい。
……イチタくん、一緒にがんばろ?
わたしはイチタくんの彼女だからさ、
たくさん頼って? 」
「 …ありがとうございます……」
少女イノチ、こと僕の彼女は、不思議な点も否めないが、とてつもなくいい子だった。だからこそ胸の奥が痛む。
僕は彼女を性的な目で見ていたからだ。
厳密には今の僕にとって、彼女はカノジョではない。言うなれば他人。だからこそ僕は最低だ。
死神は見ていた。