「おそい」
彼女はバス停のベンチに座っていた。彼女の背景である夕方と夜の合間の空は、赤から紫、そして青までのグラデーションが美しい。
空に注目していた私の視界に、彼女の長い三つ編みがふと映り込んだ。そうかと思えば、彼女の猫っ気のあるアーモンド形の瞳と目が合っていた。その瞳が、すうっと細くなる。
「あやまれっつってんの」
「ごめん」
「即答はヤバイ」
三つ編みメガネで優等生なのに、その口調もヤバイよ。私がそんなことを心のうちに留めて、ベンチから立ち上がろうとしない彼女の手を引いた。
「帰ろう」
「なに、おまえが遅れてきたくせに」
「ごめん」
「もうええわ!」
今度は急に芸人のネタの締めセリフみたいな口調になっている。彼女はやっと腰を上げた。
空の複雑な色合いに溶け込んでしまいそうなどこか頼りない後ろ姿を見とめる。私は思わずその手を掴んだ。
「どこにもいかないでね」
ぱち、ぱち。
長い睫毛が二度ほど瞬きによって震えて、それから彼女はいたずらっぽく破顔した。
「むり!今から家帰らなきゃだから!」
またね、と彼女は私に手を振った。
「またね」ということはとりあえず明日も会えるのだろうか。
夏の終わり、薄明の空。
心の奥にはどうしようもない焦燥感と落胆が残っている。