side 光原
俺は光原陽里(みつはら ひさと)。
父が会長を務める光原コンツェルンの次期後継者として育てられてきた。
常にトップであり続け、どんな小さな催しであっても1位を全力で目指し、負けることは何よりの屈辱だと教えこまれている。
それが例え校内の体育祭だろうと、町内の川柳コンクールだろうと、週に1度の小テストだろうと。
そんな完璧主義者の俺が今、なんと財力で押し負けた。
「この俺が……2位に転落……だと?!」
教室にはどよめきが走り、噂があちこちで立ち上っていた。
学内の掲示板には入学時の寄付金のランキング上位10名が貼られている。
その内上から5人は生徒会入りが約束され、プライドの高い人間が多いこの学園でも憧れの的になるのだ。
この学園はもはや日本の縮図と言っていいほど各界のお偉方が集っている。
たかが学園内の寄付額ランキングとはいえ、家柄や企業の格にも反映されるので、このランキングはかなり重要だ。
そのランキングに8000万という寄付額で1位に君臨し続けていた俺だが、今朝の掲示板を見てみれば、夕鴫莉月というやつが1億の寄付で俺を抜かしているではないか。
「夕鴫だと……聞いたことがないぞ」
「き、きっと大したことの無い家の人間が見栄を張って無理してるんですよ! 光原コンツェルンが一番ですって」
「そうですよ! うちも光原グループの傘下ですし」
「光原さんは政界にも無くてはならない存在ですしね!」
不機嫌を露骨に表せば、周りの人間はすぐに機嫌を取ろうと必死に褒め称え、賞賛の嵐。
普段であれば、どの企業もうちに頭が上がらないのだなと愉快な気分に浸れたが、この日ばかりは苛立ちが募る一方だった。
「皆さん、おはようございます」
聞き慣れた教師の声がしてふと前を見ると、担任の教師と見慣れない女子生徒が後に続いて入ってきた。
セミロングの暗い髪に規定より短いスカート、耳にはジャラジャラとピアスが開いており、白黒のモノトーンのパーカーを着崩している。
街中を車窓から見た時にすれ違う庶民の高校生のような出で立ちだ。
教師はだらしない気崩しを咎めるどころか、にこやかに彼女を紹介した。
「本日からクラスメイトになる夕鴫莉月さんです。ドイツから帰国してきたばかりだそうですので、皆さん仲良くしてくださいね」
「夕鴫って、あの寄付額1位の……」
「この方が!?」
いきなりランキングに現れるということは転入生か何かだとは勘づいていたが、まさかこれほど庶民的な女だとは思いもしなかった。
それはクラスメイトも同じなようで、クラスはざわつく。
夕鴫莉月はパーカーのポケットに手を突っ込み、へらへらと笑いながら教壇に上がった。
「おうっ、夕鴫莉月です! 特技は割り箸を綺麗に割れること〜好きな食べ物は……鯖サンド! よろしこ!」
こいつが?
この教養も育ちもなっていないようなこの女が?
寄付金1億でランキング1位の夕鴫莉月――だと?
「では夕鴫さんの席は光原さんの隣で。光原さん、申し訳ないのだけど詰めてくださる?」
「んなっ……」
通常二列になっている教室の席だが、俺だけ二列分のスペースを一人で使っていた。
しかし寄付金の多かった夕鴫の出現により、俺の特例とも言える席は窓際へ押しやられることになる。
呆然とするクラスメイトを他所に、夕鴫は鞄を持ち手でぐるぐるとぶん回しながら俺の方へと歩み寄る。
「んあ、隣の席だわ。よろしこ〜」
凛とした振る舞いの名家にふさわしい女だったらまだ許せたが、目の前に現れた夕鴫莉月は想像より遥かにへらへらとマヌケな面をしていて、俺は悔しさのあまり、かち割れそうなほど歯ぎしりをした。